結婚は個人と個人でも構わないが、葬儀は家と家の問題-葬儀に見え隠れする家の格差-

【とんでもない会葬者の話】

家(親)同士が決めた許嫁と結婚させられていた時代に比べれば、結婚に対する 自由度は格段に高くなりました。

しかし、結婚とはやはり家と家なんだと感じさせられるのもまた、冠婚葬祭なのかもしれません。

数年間病気を患っていた兄が、若くして亡くなりました。
兄の葬儀で驚いた事がありました。
私の家側は伯母や従兄弟も葬儀に参列してくれて、一般的な香典料よりも大目に包んできてくれました。
親戚ですから、友人とは違うに決まっていますが、それにしても香典の額が大きかったのです。
私も葬儀に生花を出しましたし、香典と合わせるとかなりの金額を包みました。
それに比べ、お嫁さん側はお姉さん、お兄さん、おぼさんなどは友人と同じ位の額の香典料でした。
お姉さんなどはご夫婦で来ていたのに・・・です。
これは批判ではなくて、考え方の違いという事が言いたいのです。
お義姉さんもお義兄さんも、兄を見舞いに来る事は一度もありませんでした。
それも私の家側は伯母、従兄弟、私の娘達が見舞金を持って見舞いに来てくれたのに、お嫁さんサイドは誰も来ませんでした。
葬儀とは人間性が出るものだとつくづく感じました。 

感想・解説

恐らく結婚とは個人と個人ではなく、その「家」に入るという意識が強い地方の方なのでしょう。

娘は嫁いだ先の人間になったという考え方から、自分達の「家」とは離れた存在として奥様を見ているのでしょう。

故に香典の額も「他人並み」というとろこでしょうか。

勿論、一般的にはそうはいっても「親戚」ですから、それなりに包んでくるのが普通であり、相談者様の感覚が普通です。

まとめ

家と家の格差や考え方がモロに現れてしまう場所、それが冠婚葬祭です。

特別な場だからこそ葬儀とはその人の人間性が出るものです。

特別な場だからこそ、葬儀とは人々の記憶に残るのです。

特別な場だからこそ、葬儀とは人を見られ場所なのです。

特別な場だからこそ、葬儀とは些細なことでも必要以上に大きく感じられるものです。

だからこそ葬儀での会葬は、心底相手を思いやる「お悔やみの心」を伴って、臨まなけらばならないのです。

そのことだけは忘れないようにしましょう。

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