浄土宗の開祖法然は、弟子にして浄土真宗の開祖親鸞に劣るのか?
この問題に関係し、今年の4月に教科書の記述をめぐり、浄土宗と浄土真宗が対立した問題。
(浄土宗の開祖法然上人)
高校で使われている倫理の教科書に、浄土真宗の宗祖、親鸞との師弟関係をめぐる不適切な記述があるとして、法然を宗祖とする浄土宗(京都市東山区)が4月から調査研究に乗り出すことが分かった。
大半の記述は「法然が親鸞より劣るという誤解を招く」と判断した。
発行元に訂正を求めることも視野に入れる。教科書記述に対する宗教界からの異例の反論だが、結末はいかに-。
文部科学省によると、平成26年度に使われている高校倫理の教科書は6社7冊。
このうち6冊は、親鸞が師 匠である法然の教えを「徹底」または「発展」させたと解説している。
こうした表現に対し、浄土宗の一部僧侶らが「法然は 不徹底で教えが未完成と受け取れる」と批判。
「高校生に先入観を植え付け、将来の信仰にも影響を与えかね ない」として、宗派に対応を求めていた。
浄土宗は、宗教に関する寛容の態度などを定めた教育基本法の精神にもそぐわない表現だと判断。
山本正廣教学局長は「伝統仏教の各教団にはそれぞれ完成した教義があるのに、現状は公教育の場で優劣をつけかねない事態になっている。発行元にはバランスの取れた記述に変えてもらいたい」と話す。
一方、親鸞を宗祖とする浄土真宗本願寺派(本山・西 本願寺)は「宗教の知識と意義については公平に教育す る必要があるが、ただちに不適当な記述とは思わない」と指摘。
真宗大谷派(本山・東本願寺)も、親鸞が法然の教えを 「自己に徹底させた」と解釈できる記述で「不適当とはいえない」とし、発行元が訂正する場合は「学界などの見識 を踏まえて総合的に検討されるべきだ」と注文をつけた。
■指摘受け、訂正も
教科書の発行元は、浄土宗からの批判をどう受け止め るのか。
第一学習社は、平成25年以降一部の研究者から同様の指摘があったことを理由に、すでに文部科学省に訂正申請を行ったことを明らかにした。
申請が認められれば27年度の教科書から記述は変わるという。
実教出版は「徹底という言葉は、法然に対する評価を意味しない。教えの価値をおとしめる意図は全くない」と主張 する一方、「次回改訂時などに修正を検討する」と明言。
山川出版社は「専門の研究者を交え、誤解を招かないよう改善したい」。
数研出版は「浄土宗から話があれば対応を検討する」としている。
これに対し、東京書籍は「法然が未完成で不徹底であるとの価値認識は決してない」とした上で「思想の展開を捉えた表現の仕方であり、批判は当たらない」と反論。
同じ教科書で「ソクラテスの弟子プラトンは、師の思想を引きつぎつつ、その理想主義的な傾向をさらに徹底して考えた」と記述していることから「法然と親鸞の記述も同様の表現に当たる」と説明している。
先日の葬儀でご一緒した浄土宗のお寺さんと、たまたまその話になりました。
熱い意見が飛び出すかと思いきや・・・
「時が経てば物事には必ず様々な解釈というものが現れる。
法然上人の教えにしても然り。
親鸞上人の教えを法然上人の教えの徹底・発展系と見るとしても、宗教における思想とは、新旧どれが正解というものでもない。
法然上人の教えを受け継ぎ、新しい思想を生み出したからと言って、即座に親鸞より法然が劣っているということでも無いだろう。
重要なことは宗教や宗派に優劣はなく、自らの目でしっかり教義を見極める心を教えることだ。」
とのことでした。
確かにもし自分が特定の宗教にきちんと入信するとしたら、その教義に共感したからであり、その教義が生まれた経緯など、さほど気にしませんよね。
例によって騒いでいるのは上の人間だそうですが、それよりまずは団結して、仏教全体を盛り上げる取り組みでも考えたほうが良いのでは?
ほぼ亡くなった時だけ世話にならないことから、「葬式仏教」などと 揶揄されて久しい日本の仏教ですが、 最近は一切お寺さんと関わらない、無宗教葬が増えています。
このまま手をこまねいていたら、それこそ日本の仏教は存亡の危機だと思うんですがね・・・
合わせて読みたい!いや、読んでいただきたい!
いやいや、読んでくださいm(__)m!
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