【とんでもない会葬者の話】
伯母が亡くなっ時の話です。
私は弔問客に対しての記帳案内、香典の受け取りを担当していたのですが、その香典をひとまとめにして親戚に預けたのです。
その香典の入った紙袋を親戚が目を離した隙に、何者かにすべて盗まれてしまいました。唯でさえ、悲しみに打ちひしがれていた、親戚一同に襲った追い討ちは忘れもしません。
悲しむもの、怒るもの。感情が入り乱れ、幼いながらも、お金の恐ろしさを再認識した瞬間でもありました。
後日聞くと、もともと、香典泥棒が多い会館ではあったようなのですが、不注意だったと思います。
警察への被害届を出しましたが、当然返ってくるわけもなく、結構な額の損害をこうむりました。
普段顔を知らない人が来ていても違和感のない葬儀場です。怪しい人物を見分けるのは容易ではありません。
現在、葬儀場関係者はこのような泥棒対策をしているのか、私は存じ上げませんが、 もしなさっていないのであれば、できる限り速やかに対策なさっていただければ幸いであります。
泥棒対策は不可能
ただでさえ酒の入る通夜振る舞いの席。大金を持ち歩くのは大変危険です。
しかし残念ながら不特定多数の弔問客が訪れる可能性がある斎場では、実質的に葬儀社や斎場が不審者を見分けて排除することは不可能です。
また、近年は葬儀にお金をかけない時代。十分な人件費を取れた昔と違い、必要最低限のスタッフで葬儀を執り行う葬儀社が増えました。
勿論できる限りの注意は怠りませんが、一度中に入られてしまえば、盗難を未然に防ぐことは難しいと言わざるを得ません。
詰まる所、基本的にはご自身でしっかり管理するしかありません。
葬式泥棒・忌中被害
香典泥棒と並んで多かったのが、葬儀泥棒。
斎場で行うにしろ、自宅から火葬場に向かうにしろ、葬儀は家に誰もいなくなる時間が多く発生します。そこを狙った空き巣被害が多発します。
昔はその為に、町内会の人間が留守番役として留守を預かる風習がありましたが、人間関係が希薄となった今では、珍しい習慣となりました。
第三者にこうした情報が漏れないように、自宅や集合住宅の掲示板に葬儀や忌中案内を張り出すことは極力避けましょう。
こうした案内は仏壇や墓地、資産管理などの営業を呼び寄せる結果にもつながります。
また、出かける際は慌てず、きちんと戸締りを!
まとめ
一昔前まで葬儀に付き物だったのが香典泥棒。
最近ではあまり聞かなくなりましたが、災難とは忘れた頃にやってくるものと相場が決まっています。
葬儀の場に限って・・・
そんな情けが通用しないのが「火事場の泥棒」の類というもの。
葬儀の場で受けた被害だけに、ダメージも数倍です。
ただでさえ浮足立ってしまい、細かい所まで目が行き届かなくなりがちな葬儀ですが、場所柄斎場の警備は期待できません。
大切が葬儀が嫌な思い出に変わらぬよう、事前にしっかりとした自己管理を考えておきましょう。
この投稿は最後までお読みいただいて損はありません!是非最後までお読みください!
葬儀屋にとって最も嬉しいことは、遺族が「良い葬儀だった」と心から思ってくれること以外にはありません。
「良い葬儀」とは、心からの送り出しができた、生きている人間の為にもやってよかった、葬儀屋の人間も親身になって対応してくれた・・・
そんな思いを遺族・親族が抱いてくれることです。
みんなのお葬式体験談
愛別離苦・・・愛するものと別れる苦しみ
このサイトを訪れてくださった全ての皆様が、大切な人を亡くした経験がお有りでしょう。
大切な人との別れは、常に身を引き裂かれるほど辛いもの。
しかし、お世辞にも天寿を全うしたとは言えない年齢で逝かれた故人を見送る遺族には、ことさら大きな痛みが付きまとうものです。
幼い頃の母の葬儀の記憶が未だに消えずにいます。
幼少期に両親と死に別れたことが、様々なトラウマとなって後々にまで影響することは珍しくはないのでしょうが、私の場合は、ホラー系、特に人間の骨なら本物、作り物に関わらず、すべて目にすることができなくなってしまいました。
そうなるのも当然のことです。
小学校低学年の子が、人間の骨を目の当たりにする羽目になったら、この先永遠に葬儀が恐ろしくなるでしょう。
私の場合は母親だったのでなおさら怖い思いをしました。手遅れになった時に折った千羽鶴が、今も捨てられずに置いてあります。
あの日、葬儀場の岩倉から犬山の火葬場まで行く間、本当につらくて叫んだ記憶も、長い時が経った今でも忘れられません。
それ以降私は火葬場には近寄れなくなりました。
小さいうちに恐ろしい光景を見た私は、ホラー系と人間の骨が大の苦手になり、それは今でも私を苦しめています。
感想・解説
小学校の時、仲の良かったクラスメートの母親が亡くなりました。
その時の記憶は不思議と今でも鮮明に残っています。
しかし、小学生といえば、命のなんたるかなんて、正直分かっていませんでした。
あぁ死んじゃった。可哀想。。。
そんな在り来たりの感情しか、浮かんでこなかったことを覚えています。
しかし、当の本人はどれ程辛かったことか。
投稿者様の文章を読んで、改めて大きな恐怖と闇を感じている次第です。
大切な人の死を抱え、それでもなお我々は生きて行かねばならない。
生きることは苦しみである。
今更ながら釈迦の教えが身にしみる2016年の終わり。。。
みんなのお葬式体験談
近年すっかり都市部における葬儀の主役に躍り出た家族葬。
親戚や近所を中心とした町内会(俗に言う組ウチ)が総力を挙げて葬式を執り行う、昔ながらの一般葬は影を潜めるばかりですが、そんな古き良き葬儀に関する投稿をいただきました。
去年、父が亡くなり、葬儀をあげました。
お葬式の準備で大変で、悲しい気持ちに浸る暇もありませんでした。
そんな中、いろいろなことを決めていかなくてはならず、父という大黒柱をなくした私たちは、大変な苦労を強いられました。
そんな時に頼りになったのは、親戚の人と近所の方です。
お葬式の内容に関して、できるだけ負担がかからないようにうまく決めて話を進めてくれました。
私は遠方に住んでおり、実家に帰るまでに移動時間がかかりました。その間に、母のところに集まってどんどん話を進めてくれていたのです。
とても頼りになり、うれしかったです。
父や母と普段から仲良くしてくれていたからこそ、できたことだと思います。
近所の方と親戚が協力することは、普通では考えられないことです。
父のお葬式にはたくさんの方がお別れに来てくださり、父の偉大さを改めて感じました。
苗字が珍しいこともあり、葬儀場の案内の名前を見て、調べてきてくれた方が大勢いました。
感想・解説
葬儀と地域
前述のように、一昔前の葬儀は地域が協力して行うものでした。
仲間はずれを意味する【村八分(100%のうち80%の行動については交流禁止)】の残り二分は「葬儀」と「消火活動」というくらいです。
町会長が葬儀委員長に就くケースも多く、喪主と協力して式を取り仕切ります。
時代は自宅葬の時代。
家の中の片付けから始まり、受付周りや駐車場、人の誘導などは組ウチの人間が行いました。
葬儀の料理は近所の女勢が総出で作り、隣の家の庭は駐輪場に、近所の家の塀は軒並み花輪の足場に早変わりしました。
出棺後は組の留守番役が家を見張り、遺骨を抱えた葬列は組ウチの人間に誘導されて、墓所に入ります(当時は当日埋葬が基本)。
組の男手の手伝いにより埋葬され、喪主は料理で組の人間をもてなします。(作っているのは組の女勢ですが・・・)
その後も落ち着くまでは、心身ともに大変な遺族を支えるため、ちょくちょく料理を作ったり、身の回りの世話をしたりと、近所の人間が世話を焼きます。
まさに葬儀とは遺族・親族と組の合同葬だったのです。
廃れる組との合同葬
時代と共に人間関係が希薄になると、こうした風習は急速に廃れていきます。
近所付き合いもなくなり、遺族は極力周囲に知られないようにと神経をとがらせます。
近所もそ知らぬ振りを貫き、知らせがまわって来ないことに内心胸をなで下ろします。
自宅葬では料理を作る、花輪を立てるといった具体的な協力はもちろんのことですが、葬儀がうるさいと警察に通報する近隣住民も少なくありません。
そこには「葬儀だから」などという常識は通用しません。
相対的には葬儀にかかる負担は減ったのでしょうが、だからと言ってこれが正解だとは到底思えないのも事実です。
なぜなら負担の軽減とトレードオフになったのは、「人間らしさ」そのものなのですから。
まとめ
なくしたモノの大きさ・・・
人間とは本当に大切な人や物をなくした時、はじめてその存在の大きさ、偉大さというものを知るものなのかもしれませんね。
葬儀とはそういう場でもあるのです。
最期に素晴らしい体験をさせてくれたお父様に感謝!ですね。
我々は過去の教訓から多くのことを学ぶ。
しかし、意外にその本当の意味や本質を知らない場合も多い。
そんな事例を二つほど紹介。
先日、第47回の紅白歌合戦出場メンバーが発表になった。
和田アキ子などの大物演歌歌手が落選する一方、デビュー1年の欅坂46が初出場を獲得。凋落著しいAKBグループを尻目に、姉妹グループの乃木坂46と共に、改めて坂グループの勢いを示した。
ところで欅坂46といえばデビュー曲【サイレントマジョリティー】が大ヒット。次いで発売された2ndシングルが【世界には愛しかない】という楽曲だ。
このタイトル、私にとっては少し考えさせられる内容だった。
『人の死で飯を食う商売』
良い・悪いは別として実に的を得た、ごもっともな表現だ。
しかし、つくづく葬儀屋というのは因果な商売だ。
必要とされるのは、決まってひとりの人間の人生が幕を閉じた時と相場が決まっている。
そこには遺された大勢の遺族、親族、知人、友人、同僚達がいる。
その輪の中心に、我々は神妙な面持ちで歩みを進める。
人の人生は十人十色だ。
天寿を全うした人間もいれば、これからという時に志半ばで、理不尽に奪われた命もある。
【人間の命に大きいも小さいもない、皆一様に尊い命だ】
そうは言うけれど、やはり若い人の死は格別のやり切れなさを運んでくる。
先日担当させていただいた故人は高校生。
「行ってきまーす!」
いつもと変わらず、普段通りに家を出て行ったのに、通学途中で車にはねられ帰らぬ人となった。
突然の事故死、病死、自殺・・・
平均寿命からすれば、折り返し地点にも遥かに届かない年齢で旅立った故人を前に、泣き崩れ、錯乱する遺族の姿をいったいどれ程眺めてきただろうか。
釈迦は説く。
「この世は無常なるもの。常に移り変わるのが三界穢土(この世)の掟であり、故にこの世に【常】などというものは存在しない」
命とて例外ではない。
自らの意思とはかけ離れた、強大な力によって与えられたこの命。
【奪われる時もまた然り】である。
数ある仏教の教えの中で、これ程胸に刺さる教えはない。
だからこそ、私はせめて葬儀屋として、【仕事だから】ではなく、【同じ無常の中に身を置く者】として、【心】で送り出しをお手伝いしたいと考えている。
それこそが『人の死で飯を食う葬儀屋』としての、ほんのわずかなプライドである。
深い悲しみの中、せめて熱い心を持った葬儀屋に巡り合い、心よりの送り出しが出来たと感じてもらえたら、葬儀屋としてこれほど嬉しいことはない
【おすすめの便利グッズ!火を使わないから安心・安全の仏具】 ダイソー
毎日灯明(ろうそく)を灯し、お線香を手向けたいけれど、気になるのが仏壇火災。
乾燥する冬の季節は特に心配なもの。
そこで活躍するのが火を使わない電池式の電子ロウソクや線香。
みんなのお葬式体験談
人生には映画かドラマの中と見間違うほど、悲惨な最期を迎えられた方の葬儀に当たることがあります。
会社員をしている男性です。入社当時から仲の良かった親友を火事で亡くしました。
家族思いの男で、ローンを組んで3階建ての一軒家を購入し、子供と妻の3人で暮らしていました。
しかし、その家が火事になってしまい一家3人が亡くなってしまったのです。その話を聞いた時、彼とは3日前に話をしたばかりだったので、夢なら覚めて欲しいとの思いが頭の中を駆け巡っていたのを覚えています。
ご遺体は会館に安置をされていましたが、祭壇には棺が3つ並べられており、事故の惨劇を物語っていました。
もちろん今までこんな光景は見た事がありませんでした。何度か葬儀には参列をした事がありましたが、普通棺はひとつです。
3つの棺が遺影と共に整然と並べられており、その光景は悲しさしかありません。
葬儀が終わり出棺して火葬場に向かったのですが、火葬炉前に棺を左から順番に並べて行き、それぞれ順番に炉へと入れていきました。
お骨拾いも順番にひとりずつ行ったのですが、この世の中にこんな事があるのかと思うくらいショックな出来事で、全ての光景が初めてで、それはそれは悲惨な葬式でした。
納棺師の見る光と闇/表と裏の世界
映画『おくりびと』ですっかり注目を浴びた納棺師。
しかし、現実は映画の様に素晴らし世界だけとは限りません。
納棺師のもとに届いた驚愕の依頼!あなたはこの現実に耐えられますか!?
納棺師の体験談
一昔前の納棺師と言えば、グチャグチャの遺体修復が主な仕事でした。
最近では綺麗な姿で送り出してあげたいと、死化粧や旅支度を納棺師に依頼するご遺族も増えました。
しかし一昔前の納棺師といえば、圧倒的に交通事故や自殺の遺体復元が主な仕事だったと聞いたことがあります。
子供はもちろんその他の身寄りもなく、夫婦寄り添って生きている、近所でも評判のおしどり夫婦だったらしいのですが、突然不幸に見舞われ旦那さんが亡くなってしまったのです。
週に数回、老人ホームでお年寄りが集まって囲碁などをして楽しんでいたのですが、その帰りに車が事故に巻き込まれてしまいました。乗っていた車が対向車と正面衝突し、運転していた仲間は何とか一命を取り留めましたが、助手席に座っていた旦那さんは即死でした。
葬儀社から出来る限りの修復を頼まれ、遺体の安置所に向かったのですが、そこには想像以上にひどいご遺体が有りました。
というより・・・「無かった」というべきかも知れません。
もちろんできる限りの処置は施したのですが・・・
事情が事情でしたので、不測の事態に備えて通夜と告別式にも少しだけ立ち会ったのですが、家を訪れると残された奥様は憔悴を仕切っており、「朝元気に出かけた旦那さんがこんな事になろうとは」とすごい落ち込みようでした。
参列者の中には、顔を拝見したいと申し出る人もいらっしゃいましたが、葬儀社のスタッフが「棺の外から合唱をしてください」と、棺の小窓を開けないようにアナウンスしていました。
そう、絶対に開けちゃダメだよ。
告別式の日は、葬儀が終わりお通夜と同じ様に顔を見る事を拒まれた参列者でしたが、最後のお別れをしたいと猛反発され、結局お棺を開けることに。
棺を開けると・・・顔は無く、カーゼで顔の形を象った物が顔の変わりに置かれていたのです。
いや、置いたのは私ですが・・・
事故の衝撃で顔が吹っ飛んでしまい顔が無くなってしまったのです。できる限りの肉片をかき集めてボール状にし、上から写真を貼るなど、イロイロ考えましたが、結局は上記の形となりました。
いずれにせよ「見てはいけない」ではなく、「見ることができない」が正解だったわけですが、いかに納棺師といえども無くなってしまったものを復活させることはできないのですよ・・・
東京にはハリウッド映画の特殊メイクの様に、パテ等の特殊技術を使って顔面修復を行ってくれる会社も数社存在することは存在ましすが・・・
料金も高額になりますし、いちから全て作るのであれば、もうそれは本人でも何でもありませんからね・・・
どこまで何をやるのかは、難しいところですよね・・・