守り刀の由来・意味…折扱い
死者の胸元に置かれる守刀。
そこにはどんな意味があり、何故置かれるようになったのでしょうか?
そんな知られざる「守刀」の謎に迫ります。
由来・背景
一般的に仏教では人は死後、四十九日かけてあの世へと到達し、成仏(仏に成る)するとされている。そして死後から仏に成るまでの存在を「霊」と位置付け、中途半端で迷いの存在と位置付けられている。
元々仏教には遺体をケガレた(汚れ・気枯れ)存在とする風潮はなかったが、遺体をケガレたものとして忌み嫌う神道の影響を受け、中途半端で迷いの存在である霊の期間を、ケガレた存在と見るようになった。
その為死者のケガレが生者に害を及ぼさないように、或いは死者のケガレが更なる外的なケガレ(悪鬼・邪気)を呼ばないようする為の手段として、「守刀」が置かれるようになった。
目的
・仏となるまでの道中のお守り
・邪気を払う(特に猫は遺体をまたぐと化け猫になると信じられていた為、光り物を置いて、動物が近づくのを防いだ。)
(死者のケガレた魂が生者に乗り移ったり、祟を防ぐ為)
扱い方
基本は使い回し。
浄土真宗における守刀
浄土真宗では守刀は使いません。
「使ってはダメ」と思っている人も多いと思いますが、正確には「使う必要がない」というのが正解です。
浄土真宗では人は死後、阿弥陀様のお力により、即座に成仏すると言われています(即身成仏)。
その為、あの世までの道中のお守りとしての守刀や、上記のような土着信仰から来るケガレがケガレを呼ぶ風習の一切を否定しており、守刀は不要となっているのです。
同じ理由で死装束(旅支度)や野膳(道中のご飯)、また会葬者が塩を使って身を清めるなどの行為も不要です。
最後に
勿論ローカルルールやお寺によって、扱いに差があります。他の宗派でも守刀は不要というところもありますし、逆に浄土真宗であっても、守刀を使用するお寺さんもあります。
地域の風習やお寺さんの指示に従うのが一番ですが、守刀ひとつとっても、なかなか興味深いことが多いですね。