【人工中絶物語】望まれた子と望まれない子

望まない妊娠

頭ではわかっているが・・・

人生とは何とうまくいかないものかということを、まざまざと感じさせられる瞬間があります。

今日はそんな話。

妊娠12週以降の流産・死産・人工中絶の場合は火葬が必要になるのだが、その日は死産児の遺体引き取りからの、当社の霊安室安置案件が二件入っていた。

最初の遺体引き取りに向かう。

病院の分娩室で待ち受けていたのは、派手な髪色の若い女性だった。

どうやらこの不貞腐れて、ダルそうな女性が母親の様だ。

こちらが促すと、死産届に殴り書きで自分の名前を書き始めた。

裏面の死産証明書には【経済的理由】により人工中絶の文字が、生々しく揺らめく。

プランの説明をしていると、父親が分娩室に入ってきた。

死産届の父親記入欄に名前を書いてもらったが、結婚はしていない様だ。

本人たちの希望で遺骨はこちらで引き取り、水子供養を行っている合祀墓への納骨と決まった。

念のためお棺に入れたい副葬品があるかを確認するが、どうやら愚問だった様だ。

その後、火葬に立ち会うか否かで揉める、二人のやり取りを上の空で聞きながら、ぼんやりと窓の外を眺めていた。

どうやら母親は産みたい気持ちも多少あったようだが、両親ともに正職についていないなどの理由から父親が断固反対し、この一件で完全に二人の関係は破綻してしまった様だっだ。

経済的にも苦しく、両親ともに親になる意思も覚悟も出来ていなかったカップルの、身勝手な行為がもたらした、

望まれなかった子・・・

生まれた場所が違ったならば、この子にはどんな未来が待ち受けていたのだろうか・・・

そんな思いを引きずりながら、遺体の入った小さな箱を抱え、病院を後にした。

望んだ妊娠

時間をおいて訪れた二件目の病院。

案内されたのは、明るくて広い、まるでホテルの一室の様な個室だった。

ドアを開けると、大勢の顔が目に飛び込んでくる。

胎児の両親と祖父母、親類縁者・・・

ざっと10人はいるだろうか。

一斉に私に向けられた多くの目は、涙に濡れながらも、やさしく微笑んでいた。

丁寧な挨拶を交わした後、前回同様死産届の記入を促す。

隣に寝かせられた小さな異形の肉体を見れば、おおよそのいきさつについては、死産証明書を確認するまでもない。

時折涙を拭きながら、お互いを励ましあいながら死産届を書く姿は見るに堪えない。

失礼ながら二人とも中々の年齢だ。

あくまでも一般論だが、今後十分に子宮を休ませてからの再チャレンジは、厳しいと言わざるを得ないだろう。

数年にわたる不妊治療の末の妊娠・死産とあっては、悔しさや悲しみも一入(ひとしお)なのだろう。

その後看護師が私の持参した胎児用の棺に遺体を納めると、皆が我先にと思い思いの品々を棺に納める。

ここにいる誰もがその輝かし誕生と、健やかな成長を疑うことはなかったのであろう。

小さな棺はあっという間に服や家族写真、おもちゃでいっぱいになった。

言うまでもなく、火葬後に遺骨は自宅に持ち帰るという。

その後落ち着いたら、こちらで遺骨を引き取り合祀墓へ納骨することで話がまとまった。

父親は上級士業を生業とし、母親は大手企業に勤める中間管理職(産休中)と、経済環境は申し分ない。

周囲から誕生を心待ちにされ、経済的にも恵まれた家庭にもたらされた、

望まれた子・・・

私が書類を作成する間、棺を囲んで慈しむ大勢の人の姿を横目で見ながら、

(何故先ほどのカップルと逆でなかったのか?)

という悔しい思いが全身を駆け巡る。

若いカップルは生存困難による【必然的な死産】という大義名分を得て背徳心から解放され、中年の夫婦は文字通り【子宝】を手にして、幸せな家庭の輪をより大きくて強固なものにしていけただろうに・・・

なかなかどうして、世の中とはうまくかみ合わないもの・・・

「月に叢雲(むらくも) 花に風」とはよく言ったものだ。

(名月を楽しもうとしたら雲に隠され、咲き誇った花を愛でようと思ったら、風に散ってしまう。良いことは邪魔が入り長続きしない、または物事が思い通りにならないことの例え)

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