【世界最悪の海難事故】概要・死者数・被害比較(19世紀以降)

大型船舶沈没事故ランキング

自動車事故に比べれば遥かに確率は低いが、ひとたび沈没すれば、甚大な被害をもたらす大型船舶の海難事故をまとめてみました。

※以下は20世紀以降の平時(戦時以外)における世界の海難(沈没・座礁)大惨事。

タイタニック号、洞爺丸、サルタナ号、ドニャ・パス号、ジェネラル・スローカム号、エンプレス・オブ・アイルランド号、ホン・モー号、ジョラ号、アル・サラーム・ボッカチオ98号、江亜号、太平輪 中国沈没船

ワースト1位

江亜輪

発生日時1948年12月4日
発生場所中国・上海・黄浦江河口外
運行中国の旅客蒸気船
性能3,730トン 長さ98.18m
主な原因機雷
死者2,750人~3,920人

日本の占領下で日本の企業によって運航されていた船。戦後中華民国海軍が戦後賠償の一環として接収し、民間旅客船として改修された。

上海から寧波への航行の途中で、旧日本海軍の置き去りにした機雷に触れ、沈没した。

公式の店員は1,186人だが、当時の中国は内戦中で、戦火を逃れる難民や帰郷客で密航者を含め多くの人間が乗船しており、最大で4,000人弱の人間が死亡したとみられる。

厳密に言えば平時ではないが、戦争(戦闘)による撃沈ではないので、ランキングに付け加えさせていただいた。

江亜輪
江亜輪

江亜 (客船) – Wikipedia

ワースト2位

ジョラ号

発生日時2002年9月26日
発生場所ガンビア共和国沖
運行セネガル政府所有の国内用フェリー
性能全長79m
主な原因悪天候・過積載
死者1,863人

平時におけるアフリカ史上最悪の海難事故。

セネガル国内の地方から首都ダカールに向かう途中、ガンビア沖で嵐に巻き込まれ沈没。

定員800人のところ、2,000以上の乗客を乗せており、過積載も原因のひとつと思われる。

ジョラ号
ジョラ号

ジョラ号 – Wikipedia

ワースト3位

ドニャ・パス号

発生日時1987年12月20日
発生場所フィリピン・ミンドロ島付近
運行フィリピン国内向け貨客船
性能2,640トン
主な原因過積載・操縦ミス
死者1,575人(公式)

レイテ島からマニラへの航行中に小型タンカービクトル号と衝突。爆発・炎上した。タンカーから流れ出した重油に引火し、海上に避難した人間をことごとく焼き殺してしまった為、双方合わせて26名しか生存者がいない。

元々は日本で運行されていた定員608名の「ひめゆり丸」。その後フィリピンの企業が買い取り、積載量を3倍以上に増やすなど、原形をとどめぬ程の重改造が施されていた。

主要な船員が全員死亡した為、正確な原因は不明だが、先述の無理な改造により、船の制御に難があったのと言われている。

悪天候と制御問題、操作ミスが重なり、大惨事を引き起こすこととなった。

ちなみに運航会社の発表では、密航者なども相当数乗船しており、死者4,725人(4,375人とも言われる)となっている。

これが事実なら平時における史上最悪の海難事故ということになる。

ドニャ・パス号
炎上するドニャ・パス号

ドニャ・パス号 – Wikipedia

ワースト4位

タイタニック号

発生日時1912年4月15日
発生場所北大西洋ニューファンドランド沖
運行大西洋就航
性能46,328トン 全長269.1m
主な原因操縦ミス
死者1,513人

言わずと知れた世界で最も有名な沈没船。

処女航海であったイギリスからアメリカへの航行の途中、北大西洋ニューファンドランド沖で流氷にぶつかり沈没した。

この豪華客船の悲劇は映画の大ヒットもあり、あまりにも有名な事故の為、詳しい内容は割愛する。

尚、犠牲者の数は突然のキャンセルや、偽名で搭乗したことによる本名との重複等があり、正確な人数は分かっていないが、概ね1,490人から1,635人の間とされている。

タイタニック号
タイタニック号

タイタニック号沈没事故 – Wikipedia

ワースト5位

サルタナ号

発生日時1865年4月27日
発生場所アメリカ・テネシー州・ミシシッピ川
運行米ミシシッピ川貨客船
性能1,719トン 全長80m
主な原因過積載
死者1,450人以上

南北戦争終結後に、南部の施設に監禁されていた北の将兵を帰還する目的で、ミシシッピ川の海水運が活用された。

当時は爆発的な需要を背景に、癒着・利益第一主義などの影響により、安全基準は形骸化し、ずさんな管理体制が当たり前となりつつあった。不正受注や抜き工事、機関の限度を超えての運航は日常茶飯事で、サルタナ号もご多分に漏れず、ボイラーと冷却システムに深刻な問題を抱えながら航行していた。

事件当日も異常があったにもかかわらず、修理で運行時間が遅れることを嫌った船長により、無理矢理に出発。結果第三ボイラーが爆発し、多くの人間が爆死・焼死・溺死した。

またこのころは過積載も当たり前で、事故当日の乗客はは定員の6倍、その他砂糖・家畜・酒などの貨物が満載で、速力は通常の半減、途中転覆の危機をむかえるほどだった。

爆発ですし詰め状態の船内はパニックとなり、更に被害を拡大させた。

サルタナ号
サルタナ号

サルタナ – Wikipedia

ワースト6位

洞爺丸

発生日時1954年9月26日
発生場所日本・津軽海峡
運行津軽海峡青函連絡船
性能3,954トン 長さ120m
主な原因台風
死者1,155人

国鉄が所有する青函連絡船洞爺丸が、台風15号の影響で転覆した、日本史上最悪の海難事故。

運行を中止した他の青函連絡船の積み荷を、運行が決定していた洞爺丸に移し替える作業に時間が掛ったことと、その作業の途中で2分間の停電が発生(港湾内の機器が使用不可能)したことにより、一時的に出港が見合わせられた。その結果大幅に出発時間が遅れることとなった。

もし、こうした事態が起こらず早い段階で出航で切れいれば、沈没はなかったと言われている。

気象衛星からの観測写真がなかった当時、一時的に弱まった風雨を理由に洞爺丸は出航、座礁、沈没した。

沈没場所は浜から近い位置だった為、生きたまま浜に打ち上げられた人間もいたが、暴風雨で救助が遅れ、力尽きたものが相当数存在すると言われている。

尚、この台風で5隻の青函連絡船が沈没し、洞爺丸の1,155人を含めて1,430人が命を落とした。

洞爺丸
洞爺丸

洞爺丸事故 – Wikipedia

ワースト7位

ジェネラル・スローカム号

発生日時1904年6月15日
発生場所アメリカ・ニューヨーク
運行ニューヨーク港遊覧船
性能1,300トン
主な原因火災
死者1,031人

ニューヨーク州を流れるイースト川をさかのぼる航路の途中で、原因不明の出火が起こる。消防艇が出動したが、ジェネラル・スローカム号の船長は、それを無視して全速力で川を遡上した。その為火災が広まり、多くの人が川に飛び込み溺死した。

原因は何と言っても船長の判断ミス。

この時代、イースト川周辺には石油タンクや木造の家が多かった為、火の手が及ぶのを避ける狙いがあったのだろうが、すぐに川岸に接岸し、消防艇に消火を任せれば、死者は出なかったものと推測される。

救命設備に不備が多く、船員も船上作業に不慣れな港湾労働者だったことも一因。

ジェネラル・スローカム号
ジェネラル・スローカム号

ジェネラル・スローカム – Wikipedia

ワースト8位

アル・サラーム・ボッカチオ98号

発生日時2006年2月2日-3日
発生場所紅海
運行エジプト・サウジアラビアの定期フェリー
性能11,799トン 長さ130.99m
主な原因悪天候・火災
死者1,028人

サウジアラビアからのエジプトに戻る途中に沈没。乗客は殆どがサウジアラビアへの出稼ぎ労働者や、メッカへの巡礼から戻る巡礼者。

紅海上で火災が発生したにもかかわらず、エジプトに向けての航行を続行。激しい高波と砂嵐という悪条件が重なり、火災により浸水、沈没したものと思われる。

アル・サラーム・ボッカチオ98号
アル・サラーム・ボッカチオ98号

エル・サラーム・マリタイム・トランスポート – Wikipedia

ワースト9位

エンプレス・オブ・アイルランド号

発生日時1914年5月29日
発生場所アメリカ・ニューヨーク
運行カナダ・イギリス間の定期便
性能14,191トン 167m
主な原因悪天候・判断ミス
死者1,012人

ノルウェーの石炭船、ストールスタッド号の船首がエンプレス・オブ・アイルランドの右舷に激突。わずか14分でセントローレンス川に消えた。

ストールスタッド号は沈没していない。

直接は原因非常に濃い濃霧だが、その濃霧の中、踏みとどまることなく突き進んだことによる判断ミス。特にエンプレス・オブ・アイルランド号は高速を売り物にしており、最短距離で通過しようとした節がある。

当時エンプレス・オブ・アイルランド号では空気の悪い室内の換気を良くする為に、海面から少しだけ上にある殆どの舷窓(船体にある小さな丸い窓)を開けていた。

水密扉の閉鎖失敗したことと併せて、大量の水が一気に船室に流れ込む結果となり、短時間で沈没した。

エンプレス・オブ・アイルランド号
エンプレス・オブ・アイルランド号

エンプレス・オブ・アイルランド – Wikipedia

ワースト10位

太平輪

発生日時1949年1月27日
発生場所東シナ海・舟山群島海域
運行中国の豪華客船
性能2,489トン
主な原因過積載・無灯火運航
死者1,000人以上

上海から台湾にある基隆市への航行中、貨物船である「建元輪」と衝突し、両船とも沈没した。

「建元輪」の乗組員72名と「太平輪」の乗員乗客1,000名以上が溺死・凍死した。

当時の中国は内戦中であり、多くの人間が戦火を逃れる為に、中国大陸脱出を図った。

「太平輪」は夜間外出禁止例を避ける為にライトを消して夜間航行していたことが一番の原因だが、大幅な積載量・積載人数オーバーが被害を拡大させた。

中国のタイタニック沈没事件と呼ばれている。

戦争(戦闘)に起因する沈没ではないが、内戦中という特殊な事情を考慮して、番外編とさせていただいた。

太平輪
太平輪

太平輪沈没事故 – Wikipedia

ワースト11位

ホン・モー号

発生日時1921年3月3日
発生場所南シナ・ラモック島近く
運行シンガポールの国際旅客船
性能3,954トン 長さ120m
主な原因悪天候
死者900人
ホン・モー号
ホン・モー号

香港から広東省スワトウ市に向けて航行。入港を試みるが船体が大きすぎて、入港が困難なことが判明。アモイ市に航路を変更、その2時間後に南シナ海のラモック島近くで、荒波により船は座礁した。

沈没までの間に数隻の船が近くを通ったが、電気系統にトラブルを抱えていた為、SOS信号を出すことは出来なかった。

唯一SSシャンティ号だけが危機に気付き、45人を救っている。SSシャンティの知らせを受けて夜通し捜査が続けられ、さらに50人近くの人間が救出されているが、大半は脱出を試みて溺死した。

SS Hong Moh – Wikipedia

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