息子を自死(自殺)で亡くした父親が見せた阿鼻叫喚

もう2年ほど前のことになろうか。

思えば私はその父親の声をまともに聞いたことがなかった・・・

遡ること数日前。自宅でその父親に会った時、仏頂面の彼は腕組みをして、不機嫌そうにダイニングの椅子に座っていた。

隣の県の某施設で首を吊って自殺した息子の遺体を、母親と一緒に警察から引き取って、会社の霊安室に安置し、その足で自宅に向かった時のことだ。

整然と並べられた安くはないであろう調度品の数々に囲まれ、それほど大柄ではないが、威厳に満ち溢れたその出で立ちが、彼を実際よりひとまわりもふたまわりも大きく見せていた。

葬儀は近親者のみで行うとのことだったが、打ち合わせ中も彼が口を開くことはほぼ皆無と言ってよかった。

口を開くのは専ら母親1人で、彼はごく稀に「あー」とか「おう」とか、短い返事を発するだけだった。

息子が自殺したと言うのに、まるで無関心を装い、時折不機嫌そうに宙を見上げては、小さく舌打ちをする、それがその父親の印象の全てだった。

そんな彼だから、通夜の日も遠巻きに式を俯瞰する様な態度を崩さず、周りがあたふたするのもお構い無しに、そそくさと帰ってしまった。

(面倒くさい問題を起こして、恥かかせやがって!)

故人に見向きもせずに、去っていく彼の背中からは、そんな思いが溢れているようだった。

聞けば息子は新卒で某有名企業に就職したが、激しい生存競争の中で、精神に異常をきたして退職。それからはいくつかのバイトを転々とした後に、長い間引きこもりとなってしまったらしい。

ここ最近は年齢的にひとつの区切りを間近に控え、将来を心配する親との言い争いが酷くなったことで、自らの人生に絶望してしまったようだ。

もう少しじっくり向き合っても良かったのでは?というのは周囲の身勝手な考えなのかも知れないが、超がつくほどのエリート街道を歩んできた厳格な父親からすれば、息子のそうした態度を、これ以上容認できなかったのかも知れない。

他の兄弟は父親の期待にしっかりと答えている。

姉は裕福な家に嫁ぎ、子宝にも恵まれている。弟もまた国の中核を担う省庁に勤める国家公務員として、順調にキャリアを積み上げている。

故人の辛さも怒りもやるせなさも分からない訳では無いが、それでも尚、どうにかならなかったのかと、歯がゆさもだけが残る。

しかし、泣いても笑っても明日一番に遺体は炎に包まれ、ひと山の骨と化す運命だけが待ち受けている。

それぞれの思いを胸に、夜は静かに更けていく・・・

翌朝は一番に式場に入り、遺族を迎える支度を整えるのが葬儀担当者の仕事だ。

半分寝ぼけた体に喝を入れ、式場に足を踏み入れると、そこには先客がいた。

こちらに背を向けポツンとひとり佇むその背中は、明らかにあの父親のものだった。

式場の電気はわずかに灯る常夜灯のみで薄暗い。

良くは見えないが、どうやら棺の蓋を少しずらし、故人をじっと見つめている様子だった。

私は声を掛けることが出来ず、そっと式場を後にした。

受付周りや控え室を一通り見て回り、五分ほどで式場に戻ったが、父親はほぼ同じ姿勢で佇んでいた。

その姿に私も動くことが出来なくなっていた。

随分長い時間が経った気がしたが、時計を見ると実際には2、3分だったと記憶している。

「馬鹿野郎!」

突然父親が怒鳴り声をあげる。

「うっ・・・うっ・・・」

嗚咽ともうめき声とも分からぬ声が漏れる。

「何で・・・」

息苦しいほどの沈黙の後、

「ごめんな・・・」

父親は確かにそう呟いた。

そして足早に控え室へと消えていった。

とっさにドアの陰に隠れた私の前を通り過ぎて・・・

式場の電気を付ける。棺の蓋を戻そうとして、故人の顔や顔周りが、何やら透明の液体でびしゃびしゃになっていることに驚いた。

最初はドライアイスの結露かと思ったが、それが父親の涙と鼻水だと気づくのにそれほど時間はかからなかった。

さらに私を驚かせたには、棺のヘリにうっすらと赤い液体が滲んでいたことだ。

パントリーにあったおしぼりで拭いて極力目立たないようにしたが、完全に消すことは出来なかった。

(昨日まではなかったはずなのに・・・何故こんなところに赤黒いシミが???)

その疑問は次に父親に会った時に解決した。

父親の手に握られた丸まったティッシュは、薄っすらと血が滲んでいた。

父親は暗がりで転んだと言っていたが、ちらりと垣間見えた掌には、くっきりと爪にあとが残っていた。

恐らく手を強く握りしめた時に、手のひらに爪が食い込んで、出血したのだろう。そのまま棺に手を置いたため、血が棺に付着してしまったのだ。

テレビや漫画でしか見たことのない光景に愕然としながらも、他の誰よりも深かった父親の悲しみを目の当たりにして、私の心は激しく動揺した。

その後は特に取り乱すこともなく、淡々と葬儀を済ませ、息子の遺骨を抱えて父親は帰っていった。

晴天の空の下を遺骨を抱えて消えてゆく彼の背中は、何故か始めて会った当初よりもはるかに小さく、肩を落として丸まったその後ろ姿からは、威厳や風格は完全に消え失せていた。

遺骨を自宅に安置し、彼は変わり果てた息子と、一体どんな言葉を交わすのだろうか?

どちらにせよそれは、これから父親自身が死ぬまで続く、長い長い地獄の始まりにしか過ぎない。

無事に送り出しのお手伝いが出来た安堵感と、何とも後味の悪い思いが複雑に絡み合う。

仕事とはいえ、できれば担当などしたくはない。葬儀屋にとって自殺者の葬儀とはそういうものだ。

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