【世界史上最悪の火山噴火・爆発】概要・死者・被害比較

【火山】世界の自然災害ランキング

世界を震撼させる火山の噴火・爆発。

直接的な死者は他の自然災害に比べて決して多いとは言えないが、人間に与える恐怖や噴火により引き起こされる飢饉による餓死者は莫大な数に上る時もある。

そんな世界の火山噴火による自然災害を比較 。

ケルート山、ヴェスヴィオ山、クラカタウ、ガルングン山、アウ山 、マキヤン山、雲仙普賢岳、タンボラ山、プレー山、ネバド・デル・ルイス火山・・・

インドネシア

クラカタウ島噴火

体表的な噴火1883年8月27日
発生場所インドネシア・クラカタウ島
死者36,417人
5月10日頃から揺れが始まり、8月27日に島内にあったラカタ山、ダナン山、ペルブワタン山が同時に大噴火を起こした。
火砕流は40km離れたスマトラ島にまで及び、死傷者を出した。噴煙の高さは40~50kmに達し、爆発音は5,000km先にまで轟いた。衝撃波は15日で地球を7周し、東京の気圧にまで影響を与えた。
しかし、死者の大半は、噴火で発生した津波によるものだった。最大46mの津波が周辺の島々を洗い流し、鹿児島市まで到達している。
スマトラ島沖地震が発生するまで、津波の被害としては過去最大規模の惨事。
(噴火の様子を描いたリトグラフ)
(噴火の様子を描いたリトグラフ)

タンボラ山噴火

体表的な噴火1815年4月10日~12日
発生場所インドネシア中南部・スンバワ島
死者10,000人
1812年から活動を開始し、1815年に噴火。標高が約1,000mも低くなる程の大噴火だった。また火砕流によるに直接の死者1万人とは別に、周辺の諸島が食糧不足に陥り、餓死者は5万人とも9万人とも言われている。
さらにこの噴火が異常気象を発生させた。1815年の夏と翌16年の夏は世界各国で異常な冷夏となり、1816年は「夏のない年」(Year Without a Summer)と言われた。
世界中で不作や食糧不足が起き、飢饉や疫病の発生へと繋がった。
噴火による一連の自然災害としては史上最悪の自然災害。

ケルート山噴火

代表的な噴火1586年
発生場所インドネシア・ジャワ島
死者10,000人
代表的な噴火1919年
発生場所インドネシア・ジャワ島
死者5,000~5,100人
過去600年で15,000人以上の死者を出している活火山。西暦1,000年以降に30回程噴火が確認されている。
被害は熱泥流(火山泥流)によるものが大きい。これにより1586年と1919年の噴火以外にも1872年に200人、1966年に282人が犠牲となっている。
近年では2014年に噴火し、2人が犠牲となった。
ケルート山
(ケルート山)

ガルングン山噴火

代表的な噴火1822年
発生場所インドネシア・ジャワ島
死者4,000人
非常に活発な火山として有名で、1882年の噴火では4,000人の死者を出している。
また、近年では1982年に山の形が変わるほどの大噴火を起こしており、68人が死亡、60,000人が非難する大惨事となった。
ガルングン山
(ガルングン山)

アウ山噴火

代表的な噴火1711年
発生場所インドネシア・サンギヘ島
死者3,000人
1711年の他、1812年、1856年、1892年、1966年にも大規模な爆発を起こしており、延べ8,000人以上の命を奪っている。
特徴は、大量の火砕流と熱泥流(火山泥流)。

ムラピ(メラピ)山噴火

代表的な噴火1006年
発生場所インドネシア・ジャワ島中央部
死者数千人
代表的な噴火1672年
発生場所インドネシア・ジャワ島中央部
死者3,000人
代表的な噴火1872年
発生場所インドネシア・ジャワ島中央部
死者1,400人
代表的な噴火1930年
発生場所インドネシア・ジャワ島中央部
死者1,300人
ほぼ1年中噴煙を上げる活火山。1548年以来68回噴火をしている。
過去にも大規模噴火による犠牲者を多数出している。特徴は大量の火砕流。
最近の噴火は2010年。1ヶ月に及ぶ噴火により、死者は累計322人に達した。

マキヤン山噴火

代表的な噴火1760年
発生場所インドネシア・モルッカ諸島
死者3,000人
1760年の噴火で3,000人が死亡した。
更に1890年から大規模噴火が始まり、島民15万人が1988年まで島外での避難生活を余儀なくされた。

パパンダヤン山噴火

代表的な噴火1772年
発生場所インドネシア・ジャワ島
死者3,000人
大規模な複合火山。1772年の噴火では40の村を破壊し、3,000人の命を奪った。
火山噴火
(噴火のイメージ)

 日本

雲仙普賢岳の島原大変肥後迷惑

代表的な噴火1792年5月21日
発生場所長崎県雲仙普賢岳眉山
死者・行方不明者15,000人
雲仙普賢岳が噴火したことにより、普賢岳に付属する眉山(まゆやま)が山体崩壊。大量の土砂が有明海に流れ込み、大津波を発生させた。
これにより熊本県を中心に甚大な被害を被った。(山体崩壊や津波により)島原一帯が大きく変化して、肥後(国)が迷惑を被った事件という訳だ。

イタリア

ヴェスヴィオ山噴火

代表的な噴火AD79年8月24日
発生場所イタリア・ナポリ湾岸
死者1,500人~
代表的な噴火1631年12月16日
発生場所イタリア・ナポリ湾岸
死者3,000~6,000人
常に噴火を続ける、ヨーロッパでいち番悪名高き火山。
紀元79年8月24日に大噴火を起こし、火砕流でポンペイを、土石流でヘルクラネウムを埋没させた火山として有名。死者の1,500人は現在遺跡から発見された遺骨の数であり、実際どのくらいの損害規模なのかは不明。
1822年にも大規模な噴火を起こしている。最近の噴火は1944年。
大量の軽石や火山灰を非常に高く噴き上げるのが特徴の火山。
(ジョン・マーティンの絵画【ポンペイの破壊】)
(ジョン・マーティンの絵画【ポンペイの破壊】)

(カール・ブリューロフの絵画【ポンペイの最後】)
(カール・ブリューロフの絵画【ポンペイの最後】)

 フランス

プレー山噴火

代表的な噴火1902年5月8日
発生場所西インド諸島・マルティニーク島(フランス領)
死者30,000~40,000人
5月2日の1度目の噴火を受け、近隣住民が当時の県庁所在地であった、サン・ピエールに大量流入した。
その後は断続する噴火により、多くの住民が街から避難したが、市長選が迫ったサン・ピエールでは、市やマスコミがこぞって「街は安全だ」と宣伝した為、街に留まる人間もいた。
翌日、隣のセントビンセント島のスフリエール山が噴火し、火砕流により1,680人が死亡する事件が起こったが、当局がプレー山への圧力が解放されたと発表し、事態は収束したかに見えた。
5月8日大噴火が発生。時速150~200km、1,000℃にも達する火砕流が街を一瞬で飲み込み、人々を死に追いやった。
更にはラム酒の貯蔵庫に引火し爆発。数日間に渡って街を焼き付きした。
死者は市民と近隣住民合わせて24,000~40,000万人と言われているが、定かではない。その為間を取って、30,000人程度としていることろが多い。
市民の生存者はたったの3名。それ以外では港に停泊していた18隻の船舶のうち、奇跡的に燃え残った2隻の船内にいた100名だけだった。
表向きは噴火による天災だが、実態は選挙を優先し、軍隊を出動させてまで住民の避難を阻止し、最後まで避難勧告を出さなかった行政と、危険を無視し、事実を捻じ曲げて伝えたマスコミの手による人災だ。
プレー山噴火
プレー山噴火

 アイスランド

ラキ山噴火

代表的な噴火1783年6月8日
発生場所アイスランド
死者9,350人
最初の爆発は水蒸気爆発だった。130個もの火山が26kmに渡って形成され、マグマが流れ出すハワイ式爆発に変わっていった。
近郊のグリムスヴォトン火山の爆発も誘発し、噴火の続いた数ヶ月のうちに2000年代初頭のヨーロッパの排出量の3倍に当たる、1億2,000万トンの二酸化硫黄を排出した。また、フッ素の排出量は800万トンで、近隣の羊の80%、馬・牛の50%以上がフッ素ガスの影響で死に、アイスランドの人口の21%に当たる9,350人が中毒やその後の飢饉で死亡した。
全世界に与えたダメージも凄まじく、有毒ガスが流されたヨーロッパでは、数千人~数万人が二酸化硫黄による中毒死に遭っている。
また長期の雷雨や「砂の夏」と評されるほどの冷夏など、世界中で異常気象が頻発。結果、食糧危機による餓死者を出した。
日本では浅間山の噴火と重なり、これが冷夏による天明の大飢饉の原因だと言われている。
すべての犠牲者は世界中で推定600万人以上と言われる。

 コロンビア

ネバド・デル・ルイス火山噴火

代表的な噴火1985年11月13日
発生場所コロンビア
死者23,000人
1595年と1845年に大噴火し、熱泥流(火山泥流)によりそれぞれ636人、約1000人の死者を出している。1984年に140年ぶりに活動を開始した。
9月11日に起きた1回目の爆発は小規模なものに終わり、人々の警戒はすぐに消えた。しかし11月3日に大規模噴火が発生。当局はそれ程事態を重くは受け止めていなかったが、火砕流により山脈の雪や氷が溶解。大量の熱泥流(火山泥流)を発生させた。熱泥流は麓の街アルメロを直撃。人口28,700人のうち、4分の3に当たる人間の命を奪った。

被害がここまで拡大してしまった理由は以下の通り

  1. 頻発する偽情報にうんざりしていた市民が、直前の噴火警告を信じなかった。
  2. 市長が住民のパニックを恐れ、ラジオで「噴火はしない」と言い続けていた。
  3. その日に行われた祭りに参加する為に、近隣集落から人々が集まっていたこと。

上記の理由が被害を拡大させており、人災と見る向きも強い。

尚、現在のアルメロは北に約8kmほど移動しており、旧市街は多くの遺体が眠る巨大な墓地として、保全されている。

※アルメロの悲劇
この災害は「アルメロの悲劇」と呼ばれている。多くの人間が火山灰の泥にはまって動けなくなり救助を待ったが、救助は難航し、次々に息絶えて泥の中に沈んでいった。

 

ネバド・デル・ルイス火山噴火
ネバド・デル・ルイス火山噴火

グアテマラ

サンタ・マリア山噴火

代表的な噴火1902年
発生場所グアテマラ南西部
死者5,000~
数千年ぶりに噴火したと思われる火山で、20世紀の三大火山噴火に数えられる。
飛ばされた軽石は4,000km離れたサンフランシスコにまで到達するほど凄まじく、この噴火で5,000人以上が死亡し、その後急激に流行したマラリアにより、さらに多くの死者を出した。
サンタ・マリア山噴火
サンタ・マリア山噴火

メキシコ

エルチチョン噴火

代表的な噴火1982年3月29日
発生場所メキシコ南部
死者2,000~17,000人
過去700年、1350年、1850年に噴火しており、次の噴火は2400頃とみられていた。その為再作が疎かになっており、準備不足が露呈する結果となってしまった。
火砕流などにより9個の村が破壊され、2,000人の死者を出したが、一説によると17,000が死亡したとの情報がある。
エルチチョン
エルチチョン

ペルー

サンタ・マリア山噴火

代表的な噴火1600年
発生場所ペルー南部
死者1,500人
10の村が灰に埋め尽くされ、1,500人以上が死亡した。
しかし、本当の恐怖はここからで、巻き上げられた大量の火山灰と二酸化硫黄が太陽を遮断し、冷夏と飢饉を引き起こした。
特にロシアへの飢饉被害は甚大で、当時の人口の3分の1に当たる200万人が餓死した。ロシアはこの天災をきっかけに、大動乱時代と言われる血で血を洗う覇権争いの時代へと突入していくことになる。
広い地域でワインが生産できなかった年としても知られる。
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