【世界史上最悪の事件・事故10選】概要・死者・被害比較(20世紀以降)

【事件・事故】世界の人災害ランキング

戦争・事件・事故・・・

人間が巻き起こす数々の大事件や大事故が、人々の命を容赦なく奪ってきました。

20世紀以降に起きた最悪だと思う事件・事故をまとめてみました。

こうしてみるとどの事件・事故も凄まじいですが、やはり戦争が特出してますね・・・

アメリカ同時多発テロ事件、テネリフェ空港ジャンボ機衝突事故(航空事故)、第二次世界大戦、黄河決壊事件、ハリファックス大爆発、ダッカ近郊ビル崩落事故、チェルノブイリ原子力発電所事故、ボパール化学工場事故など

世界最悪の戦争

第二次世界大戦

発生日時1939年9月1日~1945年9月2日
発生場所全世界
死者5,000万~8,500万人

言わずと知れた史上最大の世界戦争。
軍の犠牲者が2,200万~2,500万強に対して、民間人の死者が3,800万~5,500万人強となっていることからも、いかに戦闘とは直接関係のない一般市民が多大な犠牲を強いられたかが分かる。
原子爆弾の投下や東京大空襲などを経験した日本人の死者は全体で310万人。
ちなみに第一次世界大戦の死者は世界で850万人程度。

(真珠湾攻撃で沈没した戦艦アリゾナ)
(真珠湾攻撃で沈没した戦艦アリゾナ)

第二次世界大戦 – Wikipedia

世界最悪のテロ事件

アメリカ同時多発テロ事件

発生日時2001年9月11日
発生場所ニューヨークなど
原因イスラム過激派による自爆テロ
死者3,025人

アメリカン航空とユナイテッド航空の旅客機4機がイスラム過激派にハイジャックされ、貿易センタービルやアメリカ国防総省に突っ込んだ事件。
マンハッタンの高層ビル群にあり、2機の飛行機が突っ込んだアメリカの象徴のひとつ、世界貿易センタービルは完全に崩壊した。
これによりビル内の人間や救出に向かった消防士など、大勢の人間が犠牲となった。

(同時多発テロ事件 Photo by cliff1066™)
(同時多発テロ事件 Photo by cliff1066™)

アメリカ同時多発テロ事件 – Wikipedia

世界最悪の水害

黄河決壊事件

発生日時1938年6月
中心的な被災地河南省・安徽省・江蘇省
原因中国軍の破壊工作
死者100万人

日中戦争のさなか、日本軍の進軍を阻止するために中国国民党軍が行った破壊工作。
自ら堤防を破壊し黄河を氾濫させるという愚行により、自国民に甚大な被害を出すこととなった。
被害の程度については諸説あるが、80万人から100万人程度が水死したと見られている。
その他農作物などにも甚大な被害をもたらし、被災者は600万人と言われる。
ちなみに日本軍は懸命の救助活動を行い、中国住民数万人から十数万人を救ったとされるが、当時中国政府は一連の事件が日本軍によって引き起こされたと発表していた。

(黄河決壊事件 日本軍による救助活動)
(黄河決壊事件 日本軍による救助活動)

黄河決壊事件 – Wikipedia

世界最悪の爆発事故(平時)

ハリファックス大爆発

発生日時1917年12月6日
発生場所カナダノバスコシア州ハリファックス
原因船長の運行ミス
死者約2,000人

フランスの貨物船とベルギーの貨物船が衝突、フランス船に積んであった2,600トンの火薬が爆発した事件。
フランス船の船長はベルギー船の船長が規定を無視した航路をとったことにより両船が衝突したとしている。
いずれにせよ通常なら大した衝突ではなかったが、衝撃でフランス船に積んであったベンゾールに引火。大量の爆薬を積んでいたため、船員は積極的に消化せず、脱出した。
船は炎上しながらハリファックス港の波止場に漂着。消防・救急・見物人達の集まる真っ只中で大爆発を起こした。
1,500人が即死、倒壊した建物の下敷きになるなど、その後400人が死亡した。爆発による失明者も200人に上る。
尚、第一次世界大戦中でドイツ軍に狙われるのを防ぐため、危険物を表す「国際信号旗」を掲げていなかったため、消防や住民は積荷が火薬だとは気がつかなかった。

(ハリファックス大爆発 廃墟と化した街)
(ハリファックス大爆発 廃墟と化した街)

ハリファックス大爆発 – Wikipedia

世界最悪の火災(平時)

長沙大火(ちょうさたいか)

発生日時11938年11月13日午前2時
発生場所湖南省長沙
原因中国軍による放火
死者20,000~30,000人

日中戦争中、日本軍に一切物資を与えないために中国国民党軍が長沙を焼き払った(焦土作戦)。
これにより長い歴史を誇り、文化遺産として高い価値を持つ街並みは焦土と化し、2-3万人、或いはそれ以上の人が焼死した。

長沙大火(ちょうさたいか)
長沙大火(ちょうさたいか)

長沙大火 – Wikipedia

世界最悪の建物倒壊事故(平時)

ダッカ近郊ビル崩落事故

発生日時2013年4月24日
発生場所バングラデシュ・シャバール
原因手抜き工事
死者1,127人

日本や欧米などの衣料品業者の下請けが数多く入居する8階建ての商業ビル「ラナ・プラザ」が崩壊した事故。
工場用発電機や数千代のミシンが稼働しており、振動で崩れたとされるが、6-8階は違法に建て増しされており、使用に耐える作りではなかった。

これにより下請けの劣悪な環境がクローズアップされ、日本や欧米の衣料品大手グローバル企業は批判にされされることになる。

(ダッカ近郊ビル崩落事故)
(ダッカ近郊ビル崩落事故の惨状)

ダッカ近郊ビル崩落事故 – Wikipedia

世界最悪の原発事故

チェルノブイリ原子力発電所事故

発生日時1986年4月26日
発生場所ウクライナ・キエフ州プリピャチ
原因設計ミス・操作ミス・教育不足など
死者4,000人

世界で初めて商業用原子炉の放射能により死者を出した事故。
ウクライナにあるチェルノブイリ原子炉4号機が爆発。当時のソ連政府が事態を隠蔽していたこともあり、復旧に当たった作業員や近隣住民が多数被曝した。
事故は運転を止めて、ストレステストをしている真っ最中に起きたが、炉の設計ミス、作業員の教育不足、特殊な訓練だったにもかかわらず対策が不十分だったなど、様々な原因が複合的に絡み合って起きたとされる。
死者は4,000人とされるが、深刻な健康被害は様々なところで報告されており、最終的な犠牲者は数十万人に上るとされる。
しかし全ての病気と放射能の因果関係を明確にすることは不可能であるため、4,000人という数字が大きく変わることはない。
今後への影響や対応など、総合的な被害を考えると、人的被害は史上最悪と言われる。

チェルノブイリ原子力発電所事故
(チェルノブイリ原子力発電所) 

チェルノブイリ原子力発電所事故 – Wikipedia

世界最悪の産業事故(公害)

ボパール化学工場事故

発生日時1984年12月2日
発生場所インド マディヤ・プラデーシュ州ボパール
原因工場の管理ミス
死者15,000~25,000人

郊外を引き起こしたのは米ユニオンカーバイト社のインド工場。
イソシアン酸メチルの管理が甘く、タンクに水が混入。発熱により気体となった有毒ガスが風に乗ってボパールの街を襲った。
呼吸器系に深刻なダメージを与えるイソシアン酸メチルにより、翌朝までに2,000人、その後様々な形で人々に害をもたらし、最終的には10,000人を超える命を奪った。

ボパール化学工場事故 – Wikipedia

世界最悪の群集事故(平時)

2015年メナー群衆事故

発生日時2015年9月24日
発生場所サウジアラビア・メッカ
死者2,181人

イスラム教の第一の聖地メッカ。
年一度のハッジ(大巡礼)の季節ともなれば世界中から大勢のイスラム教徒が訪れる。
大混雑の中で将棋倒しが起こり、度々死者が出いるのだが、メッカ近郊の谷メナーで大規模な群集事故が発生。大勢のイラン人を含む2,181人が死亡した。
ちなみにメッカでは1990年7月2日に1,426人が死亡する群集事故が起きている。

2015年メナー群衆事故
イスラム教の第一の聖地メッカへ向かう群衆

2015年メナー群衆事故 – Wikipedia

世界最悪の交通事故(平時)

テネリフェ空港ジャンボ機衝突事故(航空事故)

発生日時1977年3月27日
発生場所スペイン領カナリア諸島テネリフェ島
原因管制官・両機長の判断ミス
死者583人

テネリフェ空港において、パンアメリカン(パンナム)航空1736便とKLMオランダ航空4805便が同時に滑走路に侵入、KLMが先に離陸を開始した。
滑走路前方にパンナム機を発見した時には、回避不可能な状態だった。
パンナム機も左の回避しようとしたが間に合わず、若干機首を浮かせて離陸態勢に入ったKLM機がパンナム機に覆いかぶさるような形で衝突した。
どちらも爆発炎上し、多数の犠牲者を出した。
原因は管制官が2機を同時に滑走路に侵入、離陸を許可したことだが、双方のパイロットも最後まで異変に気付かず、衝突を回避する様々なチャンスをことごとく逃してしまった。

テネリフェ空港ジャンボ機衝突事故
(テネリフェ空港ジャンボ機衝突事故(航空事故))

2015年メナー群衆事故 – Wikipedia

江亜輪(海難事故)

発生日時1948年12月4日
発生場所黄浦江河口外
原因旧日本軍の機雷
死者2,750人~3,920人

日本の占領下で日本の企業によって運航されていた船。
戦後中華民国海軍が戦後賠償の一環として接収し、民間旅客船として改修された。
上海から寧波への航行の途中で、旧日本海軍の置き去りにした機雷に触れ、沈没した。
当時の中国は内戦中で、戦火を逃れる難民や帰郷客で密航者の含め多くの人間が乗船しており、最大で4,000人弱の人間が死亡したとみられる。

江亜輪
(江亜輪)

江亜 (客船) – Wikipedia

ハーモント鉄道事故(鉄道事故)

発生日時1918年11月18日
発生場所ベルギー・ハーモント
原因梅雨前線・台風
死者1,007~1,750人以上

ベルギーとオランダの国境の駅ハーモントで、突如爆弾が爆発。
多くの負傷兵を含む帝政ドイツの復員兵を乗せ、駅に停車中だった数台の列車が爆発に巻き込まれた。
原因は子供のたき火が爆弾に引火したとみられているが、第一次大戦終了後の混乱期であり、詳しいことは分かっていない。

サラントンネル火災(自動車事故)

発生日時1982年11月3日
中心的な被災地アフガニスタンサラン峠
死者1,100~2,700人

首都カブールの北に位置するサラン峠のトンネルで起きた事故。
ソ連軍がトンネル内に侵入するが、内部は渋滞しており事故を起こす。
一酸化炭素中毒により64名のソ連軍兵士と112名のアフガニスタン人が命を落としたとされる。
しかしこれはソ連が発表したことであり、実際は異なるとの見解がある。
それによるとソ連軍の燃料積載車が爆発(事故か外部からの攻撃かは不明)。次々にトンネル内の車両に飛び火。
ソ連軍が不測の事態に備えてトンネルを封鎖したため、トンネル内にいた最大で700人のソ連軍と2,000人のアフガニスタン兵士・一般人が死亡した可能性がある。
ソ連の隠蔽工作により詳しいことは分かっていないが、最悪の交通事故とされている。

サラントンネル火災(自動車事故)
サラントンネル火災(自動車事故)
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