【熊本地震】うねる大地 夢奪う 学生村ぼうぜん

16日未明の最大震度6強の「本震」に始まり、断続的に襲ってきた余震が、熊本、大分両県の大地を深く切り刻んだ。

道路の寸断で孤立し、土石流で茶褐色と化した集落。雲が厚く垂れ込め、日没を待たずに降りだした大粒の雨が、自衛隊や警察、消防の救助隊の行く手を遮る。

「必ず家族、友人の元へ戻る」。窮地を脱した被災者たちがいる一方で、刻々と犠牲者は増えた。避難所では食料や水などの物資不足という現実もあらわになってきた。  

震度6強の激震が学生アパートを押しつぶした。熊本県阿蘇村の河陽地区。近くにある東海大農学部の学生が多く住む「学生村」で、わずかな差が若者の生死を分けた。

「突然どーんと突き上げられた後、何も分からず隙間に逃げ込んだ」。

助かった若者は地面にへたり込み、やがて、がれきの中から発見された友人たちの遺体を涙で見送った。  

崩れ落ちた山が国道57号をのみ込み、阿蘇大橋を崩落させた。

その大橋を渡った先に数十棟のアパートが集まる学生村はあり、約830人が暮らす。4棟ある2階建ての「グリーンハイツ」では複数で1階部分が押しつぶされた。  

1階に住む同大3年の宮本真希さん(20)は就寝中、突然の大きな揺れに目が覚め、壁が倒れてきた。

夢中で目の前の隙間に逃げ込んだが、身動きが取れない。自力で逃げた学生たちが救助活動に当たり、「頑張れ」「大丈夫か」と励まし続けた。

約3時間後、知人らがチェーンソーでがれきを取り除き、無事救出。「助かったのは友人たちのおかげです」と感謝した。  

別のアパート1階に住む農学部の女子学生(22)も「柱か机の下か分からないが、目の前の何かの隙間に入り込んだ。『助けて!』と何度叫んでも反応はない。

そのうち『壁をたたいてください』という声が聞こえたんで、夢中でどんどんと壁をたたいた」。  

同じく1階に住む同大1年の中島勇貴さん(18)はうつぶせで寝ていると、背に重たいものを感じた。

「息苦しく、死にたくないと呼吸に専念した。真っ暗でどれほど時間がたったか分からないが、やがて鳥の声が聞こえ朝だと思った」。チェーンソーで体が通れるだけの穴が開き、引っ張り出された。  

救出された学生はぼうぜんと立ち尽くしたり、簡易ベッドにへたりこんだりしていた。その脇を、毛布にくるまれ、ブルーシートで隠された複数の遺体が運び出された。

その姿を見つめながら、学生たちはすすり泣き、手を合わせ、黙とうした。  

熊本県警によると、遺体で見つかったのは同大4年の脇志朋弥(しほみ)さん(21)と、同1年の清田啓介さん(18)。2人とも1階で見つかった。もう1遺体は身元が確認されていないが、1階に住む男子学生の可能性が高い。  

脇さんは勉強熱心で、頑張り屋だった。「教員になるか、大学院に進学するか相談を受けていた。本当に残念だ」。先輩の一人は悔しがった。

清田さんは明るい性格だった。「最後に会ったのは15日。一緒に食堂でご飯を食べた。まさか最後になるなんて…」。同級生は声を詰まらせた。

西日本新聞 

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