「死」とは一体何であろうか?-大切な人の死に想う-

  • 2016年1月24日
  • 2019年5月13日
  • 宗教

人が死ぬとは何か?人が亡くなるとどうなるのだろうか?

知り合いが亡くなった。

地元の名士で、その方の紹介でいくつもの大きな葬儀をさせてもらった。
我々と一緒になって、いつもキビキビと葬儀を仕切ってくれていた姿が、強く記憶に残っている。

主を失い、静まり返る病室に入ると、寂しさが込み上げてくる。 

思えば2ヶ月ほど前にお見舞いに訪れた病室で、

「俺はもう死ぬから、後は頼んだぞ!」

そう豪快に笑い飛ばしていた姿が最期となった。

病院の霊安室に遺体を引き取りに行った時は、もう既にモノ言わぬ【躯】となっていた。

病室を後にし、ご遺族が来るまでの間、霊安室で待つ。
不気味なほどの静寂の中で、空調の音だけが異様にうるさく感じる中、顔にかけられた布を取る。
そこには見慣れた顔が横たわる。
確かにあの人だった。
死後大して時間が経っていなかった為か、まだ顔色は生前のままだ。
まじまじと顔を覗き込んでみた。
眠っているだけと言われれば、そう思うだろう。
だが、何かが違う。
全身から発せられる、不気味なオーラ。
言いようのない違和感が全身を覆う。
不思議だ・・・
ほんの数時間前まで、この人は自らの意思で呼吸をし、自らの意思で言葉を発していたのだ。
だか、今後彼が自らの意思で手を、足を、口を動かすことはない。
何故なら彼は既に死んでいるからだ。
だがしかし、「死」とは一体何なのだろうか?
 【オラース・ヴェルネ作「死の天使」】
この世の終わり?
はたまた新しい「何か」の始まりなのだろうか?
分からない・・・
コツコツコツ。。。
遠くから複数の人間の足音が聞こえてきた。
次の瞬間、何かの影が目の前を横切る。
我に帰ると数人の女性が遺体にすがり、泣き崩れている。
「目を開けて!」
悲痛な叫びが届くことは無い。
そんなことはここにいる誰もがわかりきっていることなのに・・・
担当の医師が、看護師が、入れ替わり立ち代り霊安室に入り、沈痛な面持ちでご遺体に手を合わせる。
そして無言のままご遺族に一礼しては部屋の外へ出て行く。
毎度見慣れた、お決まりの儀式だ。
誰も言葉を発しない。
そんな一連の動作をぼんやりと眺めていた。
やがて医師がこちらに向かって頷く。
その合図ではじかれたよう体が動き出す。
ご遺体をベッドからストレッチャーに移し替え、シーツで丁寧に包む。
病院関係者に軽く会釈をし、ストレッチャーを外に出す。そしてストレッチャーごと慎重に霊柩車へと納める。
病院関係者に見送られ、ゆっくりと病院を後にする。
車は不気味な程静かに自宅へと向かって走り出す。
葬儀屋なんて商売をしていると、人の死についての感覚がおかしくなる。
死についての感情は薄れ、誰かの死は特別な何かではなくなる。
しかし、知り合いの亡骸を見ると、今まで抑えていた「死」に対する感情が、一気に吹き上がる。
一体「死ぬとは」何なのだろうか。
しかしながら、いくら考えてみたところでその答えは出るはずもない。
結局、それは自分が死んでみなければわからない。
だが、それを体験するにはまだ早すぎる(はずだ)。
出来ることなら少しでも長くその瞬間が訪れないことを祈るしかない。
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