【東日本大震災】携帯に「ありがとう」 直前に母と最後の昼食

■新地町駒ケ嶺 菅野瑞姫さん=当時18=

昨年秋の明け方、新地町駒ケ嶺の菅野真津子さん(44)は長女瑞姫さんの夢を見た。つぶらな瞳がいとおしかった。悲しみから抜け出せない自分をそっと抱き締めてくれた。

何を話したのかは覚えていない。ただ、温かな感覚は今も残る。「『いつも笑顔でいて』と、きっと私に伝えたかったのでしょう」。優しくほほ笑む写真に目をやった。

天真らんまんな性格で、そこにいるだけで周囲は癒やされた。家族5人の中で毎朝、真津子さんの次に起き、台所に顔を出した。

「おはよう、お母さん」。弾む声で1日は始まった。

中学時代からバレーボールに熱中し、新地高に入学後はバレーボール部の選手として活躍した。自転車で3年間、1日も休まず通学した。昨年3月の卒業式では、学年で最も優秀な生徒に贈られる「青雲賞」を受けた。「新地高に入って本当に良かった」。希望に満ちた表情で報告する姿が忘れられない。

翌月、地元の会社への就職が決まっていた。「将来は好きな人と結婚して、両親みたいな温かい家庭をつくりたい」と夢を口にした時、真津子さんは心の中で思った。「瑞姫ならいい奥さん、いいお母さんになれるよ」

あの日は、就職に備えて宮城県山元町の常磐山元自動車学校で教習を受けていた。真津子さんは次女莉央(りお)さん(16)の中学校の卒業式に向かう途中、瑞姫さんにふと会いたくなった。虫の知らせだったのかもしれない。

自動車学校の近くで昼に待ち合わせをした。コンビニエンスストアで昼食のおにぎりを買い、車の中で一緒に食べた。その後、瑞姫さんは自動車学校に戻り、津波に巻き込まれた。翌日、山元町内のJR常磐線坂元駅近くから、変わり果てた姿で見つかった。

「成人式には赤い着物姿で出席したいの」。瑞姫さんはよく話していた。今年1月の「成人の日」、真津子さんは娘の言葉を思い出し、涙が止まらなくなった。母の気持ちを察し、莉央さんは言った。「似合わないかもしれないけれど、私が成人式で着てあげようか…」。気遣いが胸に染み、涙を拭いた。

莉央さんは姉に憧れ、高校進学後、バレーボール部に入った。昨年秋、莉央さんも瑞姫さんの夢を見た。足の甲を疲労骨折して練習できずに苦しんでいる時期だった。「莉央、頑張って」。夢の中で励まされ、心が軽くなった。

友達と撮った記念写真、パンダやミッキーマウスの縫いぐるみ。自宅の祭壇は瑞姫さんのたくさんの思い出に包まれている。近くのお墓には多くの同級生や友人が今も花を供えに訪れる。

<夕方5時ごろ迎えに行くね>。自動車学校の近くで別れたその日、真津子さんは携帯電話で瑞姫さんにメールをした。すぐに返事が届いた。

<ありがとうね>

悲しみに負けそうになった時、瑞姫さんからの最後のメールを開く。いつもそばにいてくれた娘に思いを返す。

「短かったけど、18年間、ありがとうね」。もういない娘と心が通じ合えたような気がして、少し安らぐ。

福島民報

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