【阪神淡路大震災】娘を忘れることはない

〈次女、大石朝美さん=当時(16)=を亡くす〉

何年たっても、娘を思う気持ちは変わりません。

今日は娘のカーディガンを持って東遊園地に来ました。去年の12月で36歳。「早くお嫁さんになりたい」って言ってたから、もうお母さんになってたやろね。

神戸市兵庫区の文化住宅で被災しました。たんすが倒れてきました。胸が苦しかった。助けられるのがあと30分遅かったら、私もだめやったかもしれない。

あの日、午前3時ごろに起きた主人が、宿題をしていた娘に「はよ寝えや」って言うたら、娘が隣の布団に入ってきたことは覚えてるんです。(家が崩れ、閉じ込められていたときには)無意識に手を握っとったんやけど…。

活発な娘でした。いまだに、中学校の先生や友達が家を訪ねてくれるんです。

お笑いコンビの追っかけをしていたことや、帰ってくると、間仕切りののれんを勢いよく手で払って入ってくる姿。いろいろな場面が思い出されて。

やっぱり、娘のことを忘れることはないわね。

産経WEST

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