【阪神淡路大震災】「妻なら、もっと立派に育てただろう」 神戸レインボーハウスの追悼式 子供2人を育て上げた56歳男性

阪神大震災の遺児を支援するあしなが育英会のケア施設「神戸レインボーハウス」(神戸市東灘区)で11日に開かれた追悼式。

震災で母親を亡くした女性や、妻を失い2人の幼い子供を育てた男性らが、亡き人に宛てて書いた手紙を読み上げ、思いを語った。

「ママの娘である誇りを持ち続けて生きていきたい」。神戸市東灘区の主婦、山本広美さん(41)は、震災で自宅の下敷きとなり亡くなった母親の啓子さん=当時(47)=の遺影に語りかけた。

山本さんは同区で被災し、自宅は全壊。一人っ子だったこともあり、「全てが終わったような感じだった」と記憶をたどる。平成11年に結婚し、2人の子供を授かったが、母親を失った心の穴はあまりにも大きかったという。

被災体験を見つめ直すきっかけになったのは、23年3月に発生した東日本大震災だった。

「私のように悲しむ人が増えてしまった。『何か伝えなければ』と感じるようになり、心の整理ができた」と初めて追悼式に参加することを決めた。「ママがいたから、今の自分がある。これからも天国から家族を見守っていてね」と呼び掛けた。

大阪府和泉市の会社員、大鳥居慎司さん(56)は、家族4人で住んでいた神戸市東灘区の自宅で被災。下敷きになった妻の裕美子さん=同(32)=は、4歳の長男と2歳の長女を残して亡くなった。

震災直後は「妻が生き残った方が子供たちは幸せだったのに」と悲しみに暮れたが、間もなく「ガックリしているだけではダメだ」と決心。育児や料理の本を買い込み、ときには親族を頼りながら、男手一つで2人を育て上げた。

幼かった子供たちは成長し、それぞれの道を歩み始めた。大鳥居さんは、「努力はしたが反省することは多い。妻なら、もっと立派に育てたのだろうと思う」と振り返った。

産経WEST

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