【東日本大震災】家族を失った男性 震災後に新しい命

大震災から2年たった11日朝、窓から差し込む光は穏やかだった。

福島県南相馬市原町区の団体職員、上野敬幸(たかゆき)さん(40)は津波で両親と長男長女の4人を失い、うち2人は見つかっていない。

心に区切りはつかないが、震災後に生まれた新しい命が自分と妻の笑顔をよみがえらせた。今月完成したばかりの新居で、帰らぬ子2人に語りかけた。「短い間だったけどありがとう。守ってやれずごめん」

新居の2階の一室は、壁紙いっぱいに真っ青な空と白い雲が描かれている。亡くなった小学2年の長女永吏可(えりか)さん(当時8歳)、行方不明の長男倖太郎(こうたろう)ちゃん(同3歳)のための子供部屋だ。

上野さんはこの部屋で「あっという間の2年間だった。永吏可、倖太郎がいたのはまるで昨日のよう」と振り返る。

そして、妻貴保さん(36)の膝に乗った次女倖吏生(さりい)ちゃん(1)の頭を優しくなでた。「今は新しい娘の存在が僕と妻の心の支え」

11年3月11日、激しい揺れが収まると、上野さんは職場から父(当時63歳)、母(同60歳)、倖太郎ちゃんが留守番する自宅へ戻った。

3人は家にいた。父は永吏可さんが通う小学校へ「今から避難する」と上野さんに話した。

消防団員だった上野さんは安心して家を離れ、間もなく押し寄せた津波で流された人たちの救助に当たった。夕方、小学校の避難所へ行くと知人に言われた。「4人は一度見たけど、帰ったよ」。

嫌な予感がした。

数日後、母と永吏可さんの遺体が自宅近くで見つかった。父と倖太郎ちゃんは今も行方不明だが、父の車は自宅裏のがれきに埋もれていた。いったん小学校に避難した後、永吏可さんを連れて自宅に戻ったらしい。

震災1カ月前、永吏可さんが「天使がママのおなかをさすってる夢を見た」と言った。妻の妊娠は教えておらず不思議だった。

「赤ちゃんが生まれるんだよ」と伝えるとうれしそうだった。11年9月16日、倖吏生ちゃんが生まれた時、永吏可さんを思って切なかった。名前は姉と兄から1文字ずつ取った。

「おねえちゃん、おにいちゃん……」。倖吏生ちゃんは最近、上野さんの声に合わせ、4人の写真を指で示せるまでに成長した。

「倖吏生の笑顔を見るだけで心が救われる」。2年たって子供の死を受け入れたわけではない。ただ「普通に笑ったり話したりはできるようになった」と言う。

消防団の仲間と11年7月にボランティア団体を結成した。自分と同様に家族が行方不明の住民のため、今も毎週末、市内の砂浜を歩く。「愛する人の帰りを待つ人がいる以上はやめない」。2年の節目にそう改めて誓った。

毎日新聞

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