【東日本大震災】花屋目指した16歳 「しっかり者、妹思い」

■高橋愛さん=当時16= いわき市田人町石住字貝屋

色とりどりの花が供えられた仮の仏壇に、はにかんだような表情を浮かべる少女の写真が置かれている。

いわき市田人町石住字貝屋の高橋愛さんは昨年4月11日、東日本大震災の大規模余震に伴う土砂崩れに巻き込まれ、16年という短い生涯を閉じた。

午後5時すぎ、真下から突き上げるような強烈な揺れが襲った。間もなく裏山の土砂が家に押し寄せ、愛さんは一瞬にしてのまれた。救出されても目を開けることはなかった。突然、幸せを奪われた家族を悲しむように冷たい雨が降りしきっていた。

この日、父の久雄さん(57)はいわき市の勤務先で大きな揺れを感じた。道路が寸断され、愛さんが搬送された須賀川市の病院にたどり着いたのは夜中になった。眠ったような愛さんを抱きかかえ、何度も名前を呼んだ。「大きな体が小さくなったように感じた」

愛さんは長女で、幼いころから2歳離れた妹(15)を風呂に入れるなど、優しい姉だった。自宅から数100メートルの石住小と石住中に通った。地域住民みんなが見守ってくれる温かい環境で育った。久雄さんは「しっかり者でした」と最愛の娘を思い起こす。

自宅や学校は自然にあふれ、花がいつも身近にあった。成長とともに花への関心が強くなり、自宅前の畑の隅で母(46)と一緒に花の栽培を楽しんでいた。

一昨年、磐城農高園芸科に進学した。「1年目は学校に慣れろ。3年間は短いぞ」。久雄さんの励ましを受けて高校の1年間を過ごし、花屋という夢への階段を一歩ずつ上っていた。

土砂崩れが起きる前日、家族で食卓を囲んだ。「2年生はもっと楽しいぞ。修学旅行の時は小遣いをあげるから楽しんでおいで」。久雄さんの言葉を愛さんはうれしそうに聞いていた。

愛さんと共に土砂にのまれた妹は須賀川市の別の病院に搬送された。約2カ月の入院中、姉の死を知らずにいた。一家が居を構えた古殿町の避難先には愛さんの遺影がある。姉の死はいつまでも隠し通せるものではなかった。

「お姉ちゃんは亡くなったからな」。退院の数日前に外出した際、久雄さんは駐車場の車の中で妹に告げた。車中を悲しみが覆った。

県道いわき石川線は倒壊した自宅の前を通る。久雄さんは毎日、この道で勤務先に向かう。「時間がたてば忘れられると思ったが、娘への思いは強くなるばかりだ」。時折、家の前に車を止める。幸せだったころの跡をただ、ぼうぜんと見る。

愛さんは倒壊した自宅近くの墓で眠る。久雄さんは貝屋地区により近い古殿町内の住宅に引っ越すことを考え始めた。「少しでも家に近い場所がいいから。いつも愛のそばにいたいから…」

福島民報

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