【東日本大震災】5月人形 孫に残す 遊び盛り、成長を報告

■渡辺豊さん=当時50= 楢葉町波倉

「じいじ、じいじ」。祖父の遺影に、かわいい小さな手が伸びる。末永悠真(ゆうま)ちゃん(1つ)は渡辺豊さんにとって初孫。

東日本大震災の11カ月ほど前、長女の末永舞さん(24)の元に生まれた。日々成長し、今では話せるようになった。

豊さんは楢葉町消防団員として消防ポンプ車で避難誘導中、津波にのまれた。震災翌日、ようやく水が引いた海岸線でひっくり返り、窓ガラスの割れたポンプ車が見つかった。豊さんは運転席で息を引き取っていた。

「孫が大きくなるのを何よりも楽しみにしていたのに…」。妻の悦子さん(49)が、5月人形の前で無邪気に遊ぶ悠真ちゃんを抱き締めた。

豊さんの自宅がある楢葉町波倉地区。豊さんは震災当日の午前中、富岡町に出掛け悠真ちゃんと過ごし、午後は自宅に帰って休んでいた。

揺れが収まると、住民の避難を促すため、消防ポンプ車で飛び出した。消防団は以前から津波に対応した避難訓練をしていた。豊さんには、避難を優先させなければならないお年寄りの家が頭に入っていた。

「自分よりも家族や他人を思いやる、優しい性格だったから」。悦子さんは津波が迫る非常事態に取った豊さんの行動を推し量った。

豊さんは地元の学校を卒業し、民間企業から東京電力に転職し、福島第二原発で働いていた。昭和60年に悦子さんと結婚。長男の裕太さん(26)と舞さんに恵まれた。

時間があれば、舞さん宅を訪ね、悠真ちゃんと遊んでいた。ハイハイができるようになった孫に「じいじだよ」とあやす。愛情もひとしおだった。

一昨年12月、豊さんは、いわき市の店で金色のかぶとの5月人形を選んだ。半年前からプレゼントをするために予約していた。しかし、喜ぶ顔は見られなかった。

舞さんは子煩悩だった父の姿を今も思い出す。陸上の大会となれば、父が「応援団」としてついて回り、活躍の姿をビデオに収めてくれた。結婚式も、出産も…。思い出のビデオは数10本に上る。しかし、家ごと津波に流されてしまった。父の形見は、ほとんど海に消えた。

悦子さんは豊さんが予約していた人形を購入し昨年5月、親族と一緒に祝った。今では、人形の前を走り回る遊び盛りの悠真ちゃん。「世話が忙しくて、悲しむのを忘れさせてくれるほどだよ」。天国に孫の成長を報告した。

昨年6月、町内で慰霊式が営まれた。そこには豊さんが乗っていた、さび付いた消防ポンプ車が残っていた。参列した舞さんはハンドルの下に付いたままの鍵を抜き取った。

手のひらに父のぬくもりを感じられた気がした。

福島民報

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