【東日本大震災】家庭照らした初孫 純白の花「天から見てね」

■南相馬市小高区 叶恵莉奈ちゃん=当時2= 由美さん=当時42=

大津波で押し寄せた水が住宅のあった場所を、田んぼを、畑を覆い尽くしていた。

東日本大震災から1カ月余が過ぎた昨年4月26日の南相馬市小高区井田川地区。水に沈む軽乗用車の中から幼い女の子の遺体が見つかった。同市小高区浦尻の叶恵莉奈ちゃん。

翌日、祖母のハル子さん(67)は遺体にそっと語り掛けた。「2年しか生きられないなんて。どうして…」

10日ほど経った5月5日、恵莉奈ちゃんと一緒にいた母親の由美さんが見つかった。恵莉奈ちゃんの発見場所から500メートルほど西側の田んぼに横たわっていた。

恵莉奈ちゃんは平成20年10月14日、ハル子さんの長男利彦さん(44)と由美さんとの間に生まれた。15年間の交際を経て結婚。由美さんが出産したのは40歳になってからだった。待望の第一子、恵莉奈ちゃんは家庭を太陽のように明るく照らした。

出産後、資格取得を目指し勉強を始めた由美さん。利彦さんは長距離トラックの運転手で家を開けることが多かった。恵莉奈ちゃんはハル子さんと散歩するのが日課になった。「ばあちゃん、これなあに」。何にでも興味を持った。

津波が襲った昨年3月11日、ハル子さんと恵莉奈ちゃん、由美さんは自宅にいた。夫の茂さん(68)と利彦さんは仕事で家を離れていた。地面が揺れ、散歩に出掛けようとしていた恵莉奈ちゃんは地面にひっくり返った。起き上がれず怖さで泣きじゃくった。

「実家に行かなくちゃ」。由美さんは原町区に住む腰が悪い父母を心配した。震える恵莉奈ちゃんを抱え、車に乗ろうとする由美さんをハル子さんは呼び止めた。「連れて行ったら大変だよ。置いていきな」。しかし、由美さんは、そのまま高台の自宅から下りていった。

翌朝、ハル子さんが高台から海を見ると海岸から遠く離れた6号国道まで水没しているのが見えた。「原町に着いているはず」。祈り続けた。

原町区の遺体安置所。ひつぎの中で眠る恵莉奈ちゃんに傷はない。今にも目を開けそうな気がした。遺留品に紫色のスカーフがあった。あの日、散歩に出掛けるときに掛けてあげたものだった。

ハル子さんは今、同市鹿島区の仮設住宅に茂さんと2人で暮らす。利彦さんは震災後、浪江町の会社事務所の移転に伴い、福島市の借り上げ住宅に移った。

「あれほどにぎやかだった暮らしが一瞬で消えた」。ハル子さんは悲しい記憶と向き合い、少しずつ気持ちを整理している。

小高区の自宅に戻ったら、2人を思い庭に記念樹を植えよう。天に向かって真っすぐ伸び、純白の花をつけるハクモクレンがいいかな。「大切に育てるから。天国から見ててね」

福島民報

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