【東日本大震災】悲しみこらえ牛乳店再開 家族ら7人失った男性

東日本大震災の津波で妻と娘2人、義理の両親らを失った宮城県気仙沼市の牛乳販売店経営千葉清英さん(41)。

結婚後に移り住んだ気仙沼の復興に役立ちたいと、従業員の雇用を守って仕事を再開させた。

家族で唯一無事だった長男瑛太君(10)とのキャッチボールが、わずかに心和むひととき。千葉さんは「この子を一人前に育てながら、お世話になった人たちに恩返しよう」と自分を奮い立たせている。

東京都出身で酒類量販店の営業マンだった千葉さんは8年前、妻美奈子さん(41)の故郷・気仙沼市に移住。美奈子さんの父宏一さん(68)と母美代子さん(66)が営む牛乳販売店を継いだ。

震災による津波で事務所は流失。従業員約10人は無事だったが、家族が犠牲になった人も多い。

4月25日朝、宏一さんと親交のあった菓子店経営者から店の一角を借りて牛乳配達を再開。千葉さんは「雇用を守り、地域の役に立つことを最優先に考えた。一日も早く仕事を再開したかった」と話す。

3月11日は事務所で地震に遭った。美奈子さんらを避難させた後、津波が事務所を襲った。千葉さんは橋の欄干につかまり九死に一生を得た。

学校にいた瑛太君は難を逃れたが、美奈子さんと長女くるみちゃん(6)、次女祐未ちゃん(3)が死亡。さらに宏一さんと美代子さん、美奈子さんの妹畠山理絵子さん(38)と理絵子さんの長男で生後5カ月の諒大ちゃんも犠牲になった。

遺体安置所で対面したときには「気が狂いそうだった」というが、瑛太君の存在と友人らに支えられ、自分を見失わずに耐えることができた。

友人たちは連日、千葉さん親子が身を寄せる親戚宅に物資やおもちゃを送ってくれた。瑛太君は母や妹の死を知らされても、涙も見せずに千葉さんを気遣った。

瑛太君との夕方のキャッチボールが被災後の日課になっている。「瑛太のため、地元の気仙沼のため頑張りたい。自分を支えてくれた人に恩返ししたい」と千葉さん。親子で悲しみを乗り越えようとしている。

河北新報

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