【東日本大震災】避難呼び掛け津波に 村民救った消防団員

東日本大震災の津波の被害を受けた岩手県野田村。

人気店「はまなす食堂」を経営していた佐藤隆幸さん(53)は、店を飛び出して消防団の車で避難を呼び掛け、消防団員として村民の命を救ったが、自らは津波にのまれた。

23日に遺体で発見された。孫たちに「あの車に乗っているおじいさんはかっこいい」と言われていた赤い車は大破して見つかった。

妻美紀子さん(57)は車を見つめ「この車で夫は一番輝いていました」と振り返る。

海の近くに建ち、海岸に咲く花の名前をつけた食堂は、景色の良さと新鮮な魚介を使った料理が評判で、雑誌などにも取り上げられた。

地震発生時、佐藤さんは美紀子さんと食堂で働いていた。「みんな会社だから(団には)俺と団長しかいねえ」。

そう言うと、佐藤さんは2人の客を残して店を飛び出した。野田村消防団第8分団の団員で、地震や火事ではすぐに駆け付けるのが習慣だった。

佐藤さんの呼び掛けで助かった人もいる。近藤勝利さん(73)は自宅で佐藤さんの声を聞いた。「大津波が来る」。裏山に避難した直後、大きな津波が自宅と佐藤さんをのみ込むのを見たという。

佐藤さんは「消防署に任すのではなく、村は自分たちが守る」という意識が強かった。

次女朱(あけみ)さん(25)は「『(火事を)消してきた』といつも誇らしげで」と振り返る。ただ美紀子さんには不安があった。「消防団では津波の時、いかに村民を避難させるかを話し合っていた。

でも、津波の時は団員だって危ないんじゃないのと思っていた」。だが、意気込む夫にそう言えなかった。

津波は食堂を押し流し、父で先代経営者の勝雄さん(81)の命も奪った。

佐藤さんは近く、初めて東京ディズニーランドに行くはずだった。客の送迎用のマイクロバスを使い、3人の孫を連れて遊びに行く計画を立てていた。このバスも食堂のそばで壊れて見つかった。

佐藤さんが避難を呼び掛けた消防団の車は数百メートル流されて見つかった。「あの人がいた運転席は、やはり見ることができません。今はまだ、供えられないですね」。

持ってきた白い菊の花を手に、美紀子さんはうつむいた。

毎日新聞

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