【東日本大震災】先生、帰ってきて 29歳高校教諭、生徒捜して津波に

先生、絶対帰ってきて――。

東日本大震災で行方の分からなくなった岩手県陸前高田市の県立高田高校教師、小野寺(旧姓・毛利)素子さん(29)を、夫や同僚教師、生徒たちが案じている。

「自分よりも、他人のことを真っ先に考える先生」と慕われてきた。顧問を務める水泳部の生徒を助けにいき、津波に巻き込まれたとみられる。再び教壇に立つ日をみんなが信じている。

11日午後、津波警報が市内に鳴り響くと、校内で部活動をしていた生徒257人は、学校裏手の高台にあるグラウンドへ避難した。

そこに約10人の水泳部員の姿はなかった。冬場は学校から500メートルほど離れた屋内プールで練習していたからだ。

小野寺さんは、学校にいた生徒を避難させると、自分の車に乗ってプールをめざした。同僚の教員に「水泳部員を捜しにいく」と話していたという。

プールは海岸沿いにあった。小野寺さんが向かって間もなく、大津波が堤防を乗り越え、街をのみ込んだ。プールも近くの建物もすべて流された。水泳部員の大半と小野寺さんは行方が分からなくなった。

「自分のことは常に後回しだった。彼女らしいと言えば、彼女らしいです」。夫で、隣町の県立大船渡高校教師、浩詩さん(43)は話す。

3年前、高田高校で同僚として出会った。明るく、生徒にも同僚にも信頼されていた。水泳部の生徒が、家に遊びに来ることもあった。何より、人を思いやる気持ちにひかれた。

昨年3月に結婚。披露宴での水泳部員のスピーチで「男子生徒をがっかりさせましたよ」と冷やかされた。

津波があった日も、いつも通りの朝だった。前日も仕事で遅かったのに、弁当を作ってくれた。いつも、「無理して作らなくていいよ」と言っても、「料理ぐらいさせて」と笑顔で返された。服や宝飾品など何かが欲しいとねだられたこともない。

浩詩さんは津波の翌日から、避難所や病院を駆け回った。安否につながる情報が何もないまま、補給のあてのないガソリンが尽きかけている。

今月28日で、結婚から1年になる。「最高の妻なんです。帰ってきたら、『心配かけさせやがって』と怒ってやるんです」。笑顔と涙がまじり合いながら話した。

工藤良裕校長(54)は先月、小野寺さんから「妊娠するかもしれないので、来年度は担任を当てないでほしい」と打ち明けられていた。「彼女の希望をかなえてあげるつもり。だから、ちゃんと帰ってきて欲しい」

朝日新聞

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