【日本を襲った最悪の台風・洪水・氾濫・水害】概要・死者・被害比較(20世紀以降)

日本の水難災害ランキング

日本に甚大な被害をもたらす自然災害と言えば地震や津波と並んで、台風や前線によってもたらされる暴風・洪水・水害などの被害。
過去には今では考えられない被害をもたらした台風もあります。
20世紀以降最大の被害を出した台風・洪水・水害被害をまとめてみました。

明治43年の大水害

発生日時1910年8月
中心的な被災地東日本(1府15県)
原因梅雨前線・台風
死者・行方不明者1,379人
梅雨前線と台風により関東地方に集中豪雨がもたらされる。これにより利根川・荒川・玉川水系の川がことごとく氾濫。関東平野一面を文字通り水浸しにした。
それまで水害に対して脆弱でありながら、それほど問題視されなかった東京の水害対策が本格的に動き出す大きな転機となった。

明治43年の大水害 – Wikipedia

大正6年の高潮災害

発生日時1917年9月30日
中心的な被災地近畿以東を中心として3府1道25県
原因台風
死者・行方不明者1,301人
フィリピン沖で発生した台風が日本各地に集中豪雨をもたらした。
特に東京府の東京湾沿岸部が満潮と重なり、高潮により大打撃を受け、多くの溺死者を出した。
また、神奈川では横浜港の船舶が大打撃を受けたが、経済活動の要所だけに、日本経済に与える影響も甚大だった。

大正6年の高潮災害 – Wikipedia

関西風水害(室戸台風)

発生日時1934年9月15日~23日
中心的な被災地京阪神地方
原因室戸台風(むろとたいふう)
死者・行方不明者3,036人
原因となった室戸台風は、枕崎台風・伊勢湾台風と並んで「昭和の三大台風」と言われる。最大瞬間風速は60m。
木造の学校校舎が甚大な被害を受けたことから、児童や職員に多数の死者が出た。
その他、9万棟以上の建物に被害を与え、15,000人近い負傷者を出した。
内陸部では建物の倒壊、大阪湾など沿岸部では高潮による被害だった。
(全壊した京都西陣小学校)

室戸台風 – Wikipedia

阪神大水害

発生日時1938年7月3日~7月5日
中心的な被災地阪神地区
原因梅雨前線
死者・行方不明者715人
梅雨前線による集中豪雨がもたらした大洪水。元々地盤がもろく、崩れやすい六甲山の花崗岩地質は、徹底的な森林伐採によりさらに崩れやすくなっていた。
豪雨により土砂崩れを起こし、各河川に流れ込んだ。
巨大な土石流となった川は次々に氾濫を起こし、各地に甚大に被害をもたらした。
(神戸市)

阪神大水害 – Wikipedia

枕崎台風

発生日時1945年9月12日~23日
中心的な被災地九州・四国地方
原因枕崎台風
死者・行方不明者3,756人
室戸台風・伊勢湾台風と並んで「昭和の三大台風」に数えられる。
終戦直後の混乱期であったため、十分な対策が取られず、大きな被害をもたらした。
特に広島の被害が深刻で、次々に発生する土石流に、陸軍病院など多くの建物が内部に人間をとどめたまま、流された。
死者・行方不明者の内2,000人以上を広島が占め、原爆投下直後の広島をさらに苦しめる結果となった。

枕崎台風 – Wikipedia

カスリーン台風

発生日時1947年9月8日~17日
中心的な被災地関東・東北地方
原因カスリーン台風
死者・行方不明者1,930人
キャサリン台風とも呼ばれる。 台風自体の勢力はそれほど大したものではなかったが、日本列島付近に停滞していた前線を活発化させ、大雨をもたらした。
特に東京と埼玉を中心とする関東地方に「明治43年の大水害」以来の甚大な水害をもたらした。
この台風を機にもう一度全国10水系を対象に、ダムなどを用いた本格的な治水工事計画が進行していくこととなる。

カスリーン台風 – Wikipedia

アイオン台風

発生日時1948年9月7日~19日
中心的な被災地関東地方
原因アイオン台風
死者・行方不明者838人
カスリーン台風の翌年に再び関東・東北地方を襲った台風。 
北上川が氾濫した岩手県の被害が著しく、死者・行方不明者が700人を超えた。
この台風を気に北上川の治水工事が急ピッチで進められていくことになる。

アイオン台風 – Wikipedia

昭和28年西日本水害

発生日時1953年6月25~29日
中心的な被災地九州地方北部
原因梅雨前線
死者・行方不明者1,001人
梅雨前線の影響で阿曽山を中心に総雨量が1,000mmを超えるなど、記録的な大雨を観測。九州北部の河川が全て氾濫するなど、被災者100万人という甚大な水害をもたらした。
活発化された梅雨前線など様々な気象原因と、水を多く貯めておけない土質や川の形状など様々な要因が重なり、甚大な被害をもたらした。

昭和28年西日本水害 – Wikipedia

紀州大水害

発生日時1953年7月16日
中心的な被災地和歌山県
原因梅雨前線
死者・行方不明者1,015人
「昭和28年西日本大水害」をもたらした梅雨前線に起因する水害。和歌山県での24時間の総降水量が500mmに達するなど、県内を集中豪雨が襲った。
土砂崩れや山津波、河川の氾濫など、この水害で被災した人は26万人超に上り、この数字は実に県民の4分の1に相当する。
河川の河口付近には上流から流された遺体で埋め尽くされるなど、和歌山県最大の自然災害として記憶されている。
戦中戦後で山林が荒廃し、災害を食い止める機能が著しく低下していたことや、防災対策がきちんと整備されていなかったことも被害を拡大させる要因となった。

紀州大水害 – Wikipedia

洞爺丸台風

発生日時1954年9月21日~28日
中心的な被災地北海道
原因洞爺丸台風
死者・行方不明者1,761人
豪雨による水害はほとんど見られなかった一方で、暴風による甚大な風害をもたらした。「洞爺丸」を始めとする5隻の青函連絡船を沈没さた他、多数の家屋の倒壊などを引き起こした。
また、風により火鉢から飛び火した火が火災を引き起こし、3,300戸の家屋を焼失させた他、北海道の原生林が風害により根こそぎなぎ倒される被害も発生した。
(台風により沈没した洞爺丸)

洞爺丸台風 – Wikipedia

諫早豪雨

発生日時1957年7月25日 – 28日
中心的な被災地長崎県諫早市
原因梅雨前線
死者・行方不明者992人
梅雨前線による集中豪雨が原因。本明川が氾濫し、上流からの土石流が市街を襲った。また、皮肉なことに川にかけられた眼鏡橋(石橋)が頑丈すぎるが故に、流木等の漂流物をせき止め、河川の氾濫を拡大させてしまった。

諫早豪雨 – Wikipedia

狩野川台風

発生日時1958年9月21日~27日
中心的な被災地関東地方・伊豆半島
原因狩野川台風・梅雨前線
死者・行方不明者1,269人
台風自体は急速に勢力を衰退させつつ関東地方を通過したが、台風に刺激された梅雨前線によって、甚大な洪水被害をもたらした。
伊豆半島ではダム崩壊現象や鉄砲水が発生し、多くの被災者が収容されていた施設を押し流すなどしたため、甚大な被害が出た。実際死者の大半が伊豆半島に集中している。
東京など南関東では死者こそ少なかったものの、水害により多数の家屋が浸水被害に遭った。
(カテゴリー5のスーパータイフーン「狩野川台風」の目)

狩野川台風 – Wikipedia

伊勢湾台風

発生日時1959年9月26日
中心的な被災地紀伊半島・東海地方
原因伊勢湾台風
死者・行方不明者5,098人
室戸台風・枕崎台風と並んで「昭和の三大台風」に数えられる。
阪神淡路大震災が発生するまで、長らく日本の自然災害としては最悪の被害を出した天災だった。
最大風速は60mを誇る超大型の台風で、東海地方を中心に日本全国に被害をもたらした。
強い勢力を保ったまま日本列島を通過したため、猛烈な暴風雨により、水害、暴風被害、塩風害など様々な被害をもたらしたが、特に高潮による被害が大きかった。
人的災害以上に甚大だったのが経済的被害で、GDP比で阪神淡路大震災の数倍、東日本大震災に匹敵する程の損失が発生した。
(破壊された堤防。奥には座礁した大型船舶も見える)
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