【東日本大震災】震災6年「親を大事にして」岩手で父不明の3きょうだい呼び掛け

八戸市の高校1年の幸崎廉さん(16)、妹で中学3年の鈴さん(15)、弟の中学1年の陸さん(13)は仲が良い3人きょうだい。

父親の和彦さん=当時(45)=は東日本大震災で今も行方不明のままだ。

現実から目を背けざるを得ない苦しみも味わった。それでも、6年の月日を重ね、自分たちの成長を何よりも楽しみにしていた父の気持ちに思いをはせるようになった。「いつ何があるか分からない。生きている時に親を大事にしてほしい」。3人は家族の大切さを呼び掛ける。

あの日、トラック運転手の和彦さんは、仕事で初めて向かった岩手県大船渡市で行方が分からなくなった。後日、妻ひとみさん(49)ら家族は、海岸近くでがれきの中に横たわる車体だけを見つけた。

サッカーが好きで、いつも子どもの写真を持ち歩く家族思いの父親だった。そんなかけがえのない存在を津波が奪った。

「俺が家にいない時は、お前がお父さんの代わりだよ」。そう言われて育った長男の廉さんは当時小学4年。妹と弟を慰めようと、2人の前では涙を我慢した。学校では同級生が父親の話題を避け、気を使わせているようで心苦しかった。

中学生になり、父のことを忘れようと努めていたある日。サッカー部の試合を観戦する保護者の姿にふと、「お父さんもこうやって応援したかったんだろうな」。無念さを知らされた気がした。

「誰かが逃げろと声を掛けてくれれば、助かる命はもっとあったんじゃないか」。震災に対する関心が薄れていく中、なじみのない土地で津波にのまれた犠牲者がいるのを知ってほしいと、父について周囲に語るようになった。

末っ子の陸さんは当時小学1年。「何でお父さんは帰って来ないんだろう」と、しばらく事情をのみ込めなかった。

最近、思い通りに行かないことに対し、同級生が「親がいなくなればいい」と怒っているのを目にすることがある。思慮もなく放たれる言葉に、心が痛む。「家族を大事にしてほしい」と訴える。

鈴さんは震災に対する感情をうまく出せずにいる。当時、和彦さんに反抗するばかりで、「もっと優しく接していれば」と悔いが残っているからだ。そんな胸の内を家族は理解し、そっと見守ってきた。

あの日からあすで6年。家族で過ごす時間は以前より増えた。「あんなことがあっても、勝手に大きくなっているんだよね」。ひとみさんは3人の成長を感じている。

6回目の鎮魂の日を迎える11日、廉さんはひとみさんと大船渡に足を運ぶ予定だ。鈴さんが和彦さんと同じ高校への進学が決まったこと、陸さんの身長が160センチを超えて大きくなったこと…。優しかった父へ、近況を伝えようと思っている。

デイリー東北新聞

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