【東日本大震災】<あなたに伝えたい>震災前年のお花見懐かしい

佐藤守之助さん=当時(57)= 妻和恵さん(62)、長女の亜妃(あき)さん(35)と仙台市太白区の自宅で3人で暮らしていた。自動車部品を製造する会社の社員だった。

東日本大震災が発生した後、仕事で仙台空港へ向かい、津波に遭って帰らぬ人となった。

◎車好きでレースにも参加していた夫/佐藤和恵さん(仙台市太白区)守之助さんへ  和恵さん

車好きの趣味が高じて、サーキットレースの運営にスタッフとして携わっていました。多い時は月に2回、全国のレースに参加していました。

もちろん、自分で運転するのも好きでした。レースがない時に、家族をいろいろな所に連れていってくれました。震災の前の年には福島県三春町や岩手県北上市に3人でお花見に行きましたね。何げない日常が一番大切。そう実感しています。

大きな地震があったら、いつも「大丈夫か」と電話をしてくれました。余震が続いた震災の日の夜、車の中で帰りを待ちました。でも、いつまでたっても姿を見せてくれませんでした。

8日後、お父さんは仙台空港の近くで見つかりましたね。東京で看護師をしている次女が戻ってきた当日。家族がそろうのを待っていたかのようでした。

亜妃には知的障害があり、「最近、会ってないね。レース?」「会いたいね」と、お父さんのことをぽろっと口にすることがあります。

震災後間もなく、亜妃は元気を無くした時期がありました。でも今は大丈夫。将来を考え、グループホームの入所を申し込みました。心配もありますが、ちょっとずつ本人に話しています。お父さんもきっと安心してくれると思います。

亜妃が支援学校高等部を卒業する時の謝恩会で、「将来、お父さんと結婚します」と宣言したことがありましたね。お父さんは恥ずかしそうでしたけど、うれしかったんじゃないかな。

お墓に名前を刻む時、「守之助」の「守」の字だけを大きくしました。家族をずっと見守っていてね、そんな思いを込めました。

河北新報

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