【東日本大震災】<あなたに伝えたい>夢でいい また会いたい

亀井宏美さん=当時(39)=、次女陽愛(ひなり)ちゃん=同(1)=は、宮城県山元町の自宅で夫の繁さん(46)、長女(16)、宏美さんの両親との6人暮らしだった。

東日本大震災の約2週間後、自宅から1.5キロほど離れた場所で2人一緒に見つかった。宏美さんは陽愛ちゃんを背負っていた。

◎七回忌に寄せて(4)最愛の妻と娘/亀井繁さん(宮城県山元町)から宏美さん、陽愛ちゃんへ

繁さん ママとはどこへ行くのも何をするのも一緒でしたね。恋人であり、よき母親であり、何でも話せる親友。1歳10カ月のひなは何をしても、ただただかわいく、怖いくらいに幸せな毎日でした。子育て、買い物、家族旅行。全てがいとしい思い出です。

あの日、私は高台にある勤務先の介護施設を離れることができませんでした。翌朝、避難所で会えたのは長女と義父だけです。ママとひなのいない世界が受け入れられず、長女を抱き、声を上げて泣きました。

すぐに迎えに行けばよかった。行こうと思えば行けたのに…。後悔と罪悪感、津波にのまれる2人の姿が頭に浮かんで離れません。

愛する人のいない世界は想像を絶する地獄でした。心の片方がもぎ取られたようで、生きる意味を見つけられなくなりました。

米沢市で火葬をした夜、ママとひながまぶたの裏に現れました。ひなは小さな手を振っています。ああ、会いに来てくれたんだと泣きながら目が覚めました。

記念日や苦しいときに姿を見せてくれる2人。婚約指輪、おそろいの時計、おもちゃ、思い出の品は奇跡的に見つかりました。まるでママが「そばにいるよ」とメッセージを送っているようでした。

夢や幻でもいい。会えない人とのつながりを感じ、慰められました。魂があればいつか会える。それは、私にとっての希望です。

間もなく七回忌。日常に小さな望みを持てるようになりました。死をテーマにした図書館を開き、大切な人を亡くして苦しんでいる遺族の力になりたいという思いもあります。

夢の中で「待っている」と言ってくれたママ。今も私の最愛の人。再会の日を心待ちに、長女と頑張って生きていきます。

本当に本当に、ありがとう。

河北新報

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