死人の詩 -シビトノウタ-

葬儀屋バカ一代の葬式ブログ。誰もが気になる葬儀の話。実際にあったおかしな葬式や失敗談、仏事で役立つ葬儀豆知識など。

遺体(死人)の顔が眠った様に穏やかな理由-それは・・・神仏からの慈悲

【スポンサーリンク】

仏(故人)の顔は往々にして穏やかだ。

 

「穏やかな顔をしているわね。」

 

「まるで眠っているみたい。」

 

「苦しまずに逝ったのかな。」

 

今にも起き上がりそうな穏やかな死に顔を前に、残された者たちが口々につぶやく。

 

遺体(死人)の顔が眠った様に穏やかな理由-それは・・・神仏からの慈悲

 

葬儀式場では、大抵この手の会話が繰り広げられる。残された者にとって、故人が苦しまずに逝ってくれることは、せめてもの救いだ。

 

最近では目覚しい医療の発達により、死にゆく人間の痛みを緩和させてあげることが可能となった。

 

この為、多くの患者は穏やかな最期を迎えることが出来るのだろう。

 

だが、実のところ死者の顔が穏やかなのは、「神仏の慈悲」によるところが大きい。

 

人は死ぬと当然ながら、神経や筋肉など全身の細胞もことごとく死滅する。

 

そうすると、時が経つにつれ皮膚は下に引っ張られ、殆どが眠っているかの様な、自然な顔に戻る。

 

大切な人を奪ってしまったことへの神仏からのせめてもの慈悲が、我々残された人間の心に一筋の希望の光をもたらすのだ。

 

高齢の場合は目や口が開いてしまったり、眼球が落ちて凹んだり、入れ歯がなくて頬がこけたりして、若干恐ろしい形相になってしまう場合もあるが、通常の葬儀屋であれば、目や口を閉じさせたりして、それなりの手直しはしてくれる。

 

万が一「ちょっと・・・」と思うような状態であれば、「送り人」で一躍有名になった納棺師を頼めば良い。

 

ヒゲを剃り、入れ歯を外してこけた口に綿を詰め、落ちてしまった眼球を戻し、遺体専用の化粧道具(遺体は油分や水分が無い為、特殊な化粧道具を使う)を使って、文字通り「眠っている様」にしてくれる。

 

湯灌(ゆかん)などはせず、顔の手直しだけなら、それ程お金はかからないはずだ。

 

先述のように「神仏の慈悲」が注がれ、そこに葬儀屋や納棺師の多少の加勢が加わって、大抵の故人は穏やかな顔に戻る。

 

「穏やかな顔・・・」

 

穏やかな死顔 死の床つくデル・カスティリョ夫人

 (死の床つくデル・カスティリョ夫人)

 

そう安堵するご遺族を前にすると、

 

「仏様が迎えに来てくれたことへの安心感と、この世での一生に対する満足感、自分を支えてくれた周りへの感謝の念が、このようなお顔の表情となって表れたのでしょう。何れにせよあの世へ向かった故人様のお顔が曇らないよう、残された皆様は一日も早く、前を向いて元気に生きていかねばなりませんよ。」

 

私は優しくそう諭すことにしている。

 

合わせて読みたい!いや、読んで合わせて読みたい!

いやいや、読んでくださいm(__)m!

sougi-soushiki.beauty-box.tokyo

sougi-soushiki.beauty-box.tokyo