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葬儀屋バカ一代

葬儀屋のブログ。誰もが気になる葬儀の話。実際にあったおかしな葬式や失敗談、仏事で役立つ葬儀豆知識など。

通夜は本当に必要なのか?~通夜をすることの意味~

喪主・遺族の知っておきたい知識 仏教

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告別式の前日に行われる通夜。

最近は通夜を行わない1日葬も増えていますが、そもそも通夜とは何なのだろうか?

 

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「一般的な概念」

 

「一晩中線香を絶やさず、故人を偲ぶこと」

 

やはり一般的な概念といえばこれだろう。

 

「基本理念」

 

では、正解はどうだろう?

通夜とは・・・

仏教の通夜は故人の成仏を祈ることではな い。

故人との別れの最後の夜ということで、かつては大夜(たいや)といい大事にしてきた。

故人との別れに集まった親しき人々が故人の遺体を取り囲み、故人の思い出話を通して語り合う夜のことである。

 起源は、釈迦の入滅後、悲しんだ弟子たちが 遺体を見守りながら、お釈迦様が生涯をかけてお話しされたお説法を弟子たちが夜通しお互い 聞き合ったという故事による。

つまり、通夜は本来僧侶から故人の死をご縁にして、日々の生活の中で薄くなっている仏様の教えを夜を通して聞かせていただくことを主旨とするものである。

 

ウィキペディアWikipedia) 

 

だそうだ。

一般的な概念は半分当たりで、半分外れといったところだ。

つまり通夜とは、

 

  • 故人を偲ぶ。
  • 周りの人間との交流を深める。
  • 信仰心を高める。

 

そんなところだろう。

 

「現在における通夜」

 

現在では斎場に泊まり込む遺族もめっきり少なくなった。

 

東京近郊では時間的な制約から、小一時間程度で終わらせてしまう、セレモニー形式がほぼ 一般的となった。

 

通夜振る舞いの席で、普段疎遠になっている人達と、当たり障りのない程度に交流を深め、それぞれの寝床へと帰っていく。

 

若者を中心に通夜に存在意義を見出せない人間も多く、先述の通り、省く遺族も多くなっている。

 

「通夜が必要な本当の理由」

 

では、現在において通夜は本当に必要なのだろうか?

 

答えは「YES」だ。

 

その理由はあまり語られることのない、お坊さんが行う通夜の作法の中にある。(宗派やお寺によって内容は様々だが、心意気はほぼ同じ)

 

キーワードは3つだ。

 

「安心」

「感謝」

「決意」

 

仏教において人は死ぬと、その魂は生命の源に戻る言われている。つまり生命は彼の地から出ててこの世に現れ、そして役目を終えるとまた元の世界に戻る。

 

この元の世界とは、「あの世」とか、「天国」、「極楽浄土」 などと呼ばれる所であり、本来ならば元の場所へ戻るわけだから、不安も何も無い訳だけれど、なかなかそうもいかない。

 

平均寿命からすれば80年以上の長きに渡って、この世に留まった結果、そこには多くの人々との係わりやら、しがらみやらが出来てしまって、それがどうにも後ろ髪を引くらしい。

 

ましてや若くして幼い子供を残して死んでしまった場合などは、大きな未練が残る。

 

「あれは大丈夫だろうか?」

「これは心配ないだろうか?」

「それは問題ないだろうか?」

 

そんな心残りがあるから、すんなりとあの世へ行けない。

 

そこで登場するのが、心残りの最大の原因である我々生きている人間だ。

 

 

「自分達のことは大丈夫!安心してあの世へ行ってちょうだい!」

 

 

そんな気持ちを僧侶が唱える「安心(あんじん)のお経」に乗せて、故人に届ける。

 

故人を含め祖先に大いに感謝をし、在りし日の故人に思いを馳せる。

 

いつまでも落ち込んでいては、故人も安心してあの世へと戻れない。

「故人を心配させない為に、精一杯生きていく」

 

それを故人に宣言する形で決意させることで、関係者が「死の悲しみ」から立ち直るのを手助けし、前を向いて歩き出すことを促す。

 

 これが「通夜」なのだ。

 

「ケジメ」としての通夜

 

勿論死後の世界のことなど誰にも分からない。

 

元の世界に戻るという教えも、そんなの嘘だ!と言ってしまえばそれまでである。

 

しかしながら、きちんと故人に感謝し、自らの力で精一杯生きることを誓う機会ならば、わざわざ省略する理由はない。むしろ率先して行いたい。

 

多少の煩わしさや費用の問題はあるだろうが、人生において何度もある訳ではない大きな「ケジメ」すら大切にしないようでは、豊かで実りの多い人生など、どの道期待出来ない。

 

最後に・・・

 

元来宗教とは「怪しい何か」ではなく、人々がよりよく生きる為の経験や知恵を沢山詰め込んだ、合理的な教科書のような モノだと私は思う。

 

昨今の日本では非科学的で不必要なものとして、真っ先に切り捨てられる傾向にあるが、心豊かな人生を送る為に、是非「宗教の心」というものを学び、感じてもらいたい。

 

 

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